
1月11日(日)、愛媛県の南海放送ラジオで、正午から1時間、「みんな集まれ!マホラマ。―高校生とラジオを考える・メディアリテラシー活動報告会」という特別番組が放送されました。南海放送は今年度、日本民間放送連盟が助成する「メディアリテラシー実践プロジェクト」(以下、民放連プロジェクト)に取り組んでおり、その活動を総括する番組だったわけです。
民放連プロジェクトの助成を受けて始まった南海放送の企画が、「マホラマ。―愛媛のワカモノ☆コミュニティ」。ちなみに「マホラマ(=まほらま)」というのは、「すぐれたよいところ」という意味合いの古語だそうです。

この企画では、愛媛県内の高校生12名が4つのグループに分かれ、町に飛び出して取材活動をおこないました。ただし取材に使う道具は、放送局の専門的な機材ではなく、三脚を取り付けたケータイ。その動画機能を使って町で出会った人たちに取材をおこない、撮影した動画はすべてウェブサイトに掲載されます(もちろん撮影時に許諾を得ています)。そのなかで特に面白かった声が、日曜夜11時から放送されているラジオ番組「1116 night school 第一マホラマ。学園」のなかで、取材活動の軌跡とともに紹介されます(深夜の番組なのであいにく、高校生たちが生出演することはできません)。そして、ウェブサイトに掲載された動画に対して、リスナーはコメントを書き込むことができます。

少しややこしいですが、ケータイとウェブサイトを積極的に活用しつつ、ラジオにしかできないことを仕掛けていこうというのが、この企画のねらいでした。言い換えれば、「クロスメディア」の実験。そして、前回の記事で紹介した「ワークショップ」という方法論が、この活動を進めていくさいの主軸になります。ワークショップを積み重ねることによって、放送局の人たちが高校生と対話し、一緒に考え、モノをつくる。その過程でお互いに学び合うということを進めてきました。そして活動の締めくくりとして、高校生たちが番組に生出演し、みずから書いた台本にもとづいて、およそ3ヶ月かけて取り組んできたことを報告したのでした。

■
こうした活動をおこなうことに、一体どういう意義があるのでしょうか。そのことを説明する上で外せないのが、「メディアリテラシー」という考え方です。
メディアリテラシーというのは、聞き慣れない言葉だという方が多いかも知れません。これには従来、ラジオやテレビからインターネット、ケータイまで、僕たちを取り巻いているさまざまなメディアによって伝えられる情報を批判的に読み解く力、それらを使って能動的に表現する活動といった意味合いがあります。放送に限って言えば、視聴者がラジオやテレビとかしこく付き合うための知恵、というニュアンスが一般的には強いですが、デジタル時代における放送の意義が厳しく問われている今、ラジオやテレビのあり方というのは、送り手が受け手に一方的に教えられるというものではありません。メディアリテラシーは実のところ、今の放送が抱えている課題にしっかりと向き合い、これからのあり方を考えることとつながっており、放送局にとっても大事な概念だといえます。
そこで、民放連プロジェクトではこれまで、公募によって選ばれた放送局の人たちと、その地域の子どもたちが番組づくりを一緒におこなうことで、ともにメディアリテラシーを学び合うということを推進してきました。平成18年度以来、毎年3つの放送局が公募で選ばれてきましたが、このなかで南海放送は初めて、テレビ局ではなく、ラジオ局として、このプロジェクトに採択されたわけです。
■
テレビと同じように考えれば、高校生が放送局の人たちと一緒に、番組の企画を考え、録音の構成を考え、取材に出かけていくという流れになるわけですが、それだけでは少し無理があるような気がしました。今の子どもたちは正直、ラジオをほとんど聴きません。初めてのワークショップの日、高校生たちにダイヤル式のポケットラジオがプレゼントされ、みんなでチューニングをしてみました。ダイヤルをひねってチューニングをするのは、どうやら初めての経験だったようで、それが今の高校生や大学生にとって、ごく普通になっています。

かつてのラジオは、若者からお年寄りまで幅広い世代に親しまれていて、番組のパーソナリティを媒介として、リスナーのあいだで、ある種の共同体、仲間意識のような感覚をつちかっていました。マスメディアといってもテレビとは違って、ラジオは、等身大のメディアだったといえます。しかし、今の子どもたちにとって身近な、等身大のメディアといえばケータイで、それを日々、仲間意識をつちかう道具として使っているわけです。
ラジオに対する興味がうすい状況で、いきなり番組づくりを体験するというのは、何か足りない。そこで発想を変えることになりました。子どもたちにとって身近な、ケータイという道具を取っ掛かりにして、ラジオの面白さを再発見できないかということを考えたわけです。
子どもたちがラジオに興味を持ってもらうきっかけとして、ケータイを活用するという意味合いもありますが、それと同時に、ケータイとラジオを連動させることで、放送局として、ラジオに新しい価値を見出すことができないかということを試す機会でもありました。
先日の総括番組において、このあたりの経緯について僕が説明したのですが、慣れない生放送で緊張していた上、ひじょうに限られた時間のなかでは、どうしても触りのことしか話すことができませんでした。一緒に出演して下さったジャーナリストの下村健一さんが、「放送局が教育機関になれる、ということを今日で確信した」といった感想を、実に魅力的に述べて下さって、大いに助けられました。
■
さて、大まかな説明だけで相当の長文になってしまいました。具体的な活動の様子やウェブサイトのシステムの紹介については、次回の更新に持ち越したいと思います。
面白そうな体験学習です。私は娘たちが小中学校のときにこういった実践的な社会学習がもっともっと行われたらよいのになぁと常に思っていました。せいぜいあったのは地域の商店街に話を聞きに行くというくらいだったなぁと思います。
最近になって小中学校でもいろいろな興味深い取り組みが多く見られるようになってきましたね。
娘たちにさせたかったというのもありますが、本当は自分自身がそういう体験学習をいろいろ経験したかったですね。ラジオ作りなんて面白そう。そんなところからメディアリテラシーを学べたら、机上の空論ではなく深い理解ができそうです。
rioさん、コメントありがとうございます。
放送局が主体の体験学習というのは、先鋭的な手本としてインパクトがある反面、そのまま学校や地域で真似ができるものではないので、実のところ、地域の商店街に話を聞きにいくという体験学習こそを、現代的に換骨奪胎するというか、メディアリテラシーの学びとして再構成する必要があるんですよね。