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ニュース de トーク

 産経新聞の『話の肖像画』 に、3回()にわたって連載された、教育環境設定コンサルタント・松永暢史氏の『14歳までは「遊べ!」』

『--新著の『頭のいい子を育てる母親は、ここが違う!』(ワニブックス)には、子供に「勉強しろ」と言うな、と書いてある。(喜多由浩)

 これだけ政治がデタラメなのになぜ若者たちは怒りの声を上げないのだろう。ケータイいじって草食系のままでいいの? カリスマ家庭教師として知られ、子育て本のベストセラーを連発している松永暢史さんは「幼い頃に遊んでないからこうなる」という。ン?(文・喜多由浩)  

 --家庭教師なのに「遊べ」ですか?

 松永 その通り。14歳ぐらいまでは極端に言えば、「本を読むこと」と「作文」「計算(特に暗算)」だけをやればいい。この時期に、勉強よりも大事なのは、外へ出て他の子供たちと群れ、擦(こす)れあい、思う存分、体を動かして「遊ぶこと」です。

 その中で子供たちはいろんな経験をする。例えば、けがをしたり、いたずらをして大人に怒られたり、友達とけんかしたり、失恋することもあるでしょう。こうした経験をどんどん積み重ねてゆくうちに「判断力」「想像力」が身につき、コミュニケーション能力も磨かれていくのです。こういう子供たちが14歳ぐらいから本格的に勉強を始めるとグングン伸びます。』

こんな風に始まる喜多氏のインタビュー。松永暢史さんのお話は、とても実用的で参考になると思いました。教育環境設定コンサルタントという職業も初めて知りました。家庭、学校、社会と、大きな繋がりの中で、「教育環境」に目を向けることの大切さがわかりました。

『【プロフィル】松永暢史
 まつなが・のぶふみ 昭和32(1957)年、東京都生まれ。54歳。慶応大学文学部卒。家庭教師のプロとして30年以上の実績を持ち、現在は「ブイネット教育相談事務所」を主宰。子育てについて書いた「母親・父親本」シリーズは総計約50万部のベストセラーになっている。新著は『頭のいい子を育てる母親は、ここが違う!』(ワニブックス)。』

『』内はすべて産経新聞記事からの引用です。

(泉さやか)

産経新聞2011 6月18日
『教育 消えた偉人物語』武蔵野大学教授・貝塚茂樹
『「礼儀」 「型」が品位、品格を形成する』より抜粋

 『修身教科書では、「せいとん」「ぎょうぎ」「礼儀」「公徳」の項目が多く設けられ、正しい礼儀作法の「型」が具体的に記述されている。「人と食事をする時には、みんなで楽しく飲食するやうに心掛け、食器の類を荒々しく取り扱ったり、さわがしく物音を立てたりしないようにしませう。(中略)汽車・汽船・電車・自動車等に乗った時には、人に迷惑をかけないやうにすることはもとより、不行儀なふるまひをしたり、卑しい言葉づかひをしたりしてはなりません。(中略)又、人の顔かたちや身なりなどをあざ笑ったり、とやかく言ったりするのも、かたくつつしむべきことであります」
 
 しかし修身教科書の趣旨は、単に礼儀作法の「型」を列挙することにあったわけではない。「人に対しては恭敬の念を失わず、礼儀を正しくしなくてはなりません。礼儀が正しくないと、人には不快の念を起こさせ、自分は品位をおとすことになります」と記述しているように、礼儀作法の型を身につけることが、人間としての品位と品格を形成する方途であると説いていたのである。
 
 こうした項目で取り上げられたのが、本居宣長、松平好房、細井平洲、乃木希典である。特に、雨の日に濡れた外套を着た乃木が、車内で席を譲られても丁寧にお礼を言うだけで決して腰をかけず、側近にも外套を持たせなかったという逸話は、乃木の人となりを清々しく描いている。
 
 「価値の押し付けはいけない」という戦後の風潮の中で、戦後教育は、礼儀作法を教えることを無視し続けたが、その一方では、物事の原因を内面的な心の問題に還元する心情主義を過度に強調してきた。 しかし、礼儀作法の「型」をしっかりと教えること、いわば「型から入る」教育にも
っと目が向けられてよい。』

産経新聞2010年9月27日に、『留学成功条件 プラス志向』という記事がありました。

『長引く景気低迷が留学市場に影を落としているが、企業が求めるのは国籍にとらわれずグローバル化し、真の英語力をもつ人材。』ということで、留学カウンセラー歴20年の西沢まゆみさんが『世界にとびだそう!目指せ!グローバル人材』(ダイヤモンド社)を9月に出版。
『若者に主体性が感じられない、留学して何を学びたいのか動機が受身、使える英語が必要なことを実感している父親が代わりに留学相談にやってくることもあるそうだ。』

『海外留学者は平成15年をピークに減少傾向、海外にいると就職活動に支障が出ると思われがちだが日本企業の採用担当者が現地に赴き採用に乗り出すこともあるという。ディスコインターナショナル(米国)は「キャリアフォーラム」というジョブイベントを 定期的に開催し、両者の橋渡しを担っている。』

『海外で生活していく困難を一人で乗り越えていくだけでも、ぬるま湯体質の日本の大学で過ごすより人間的に成長できると西沢さん。』

就活の心配なく、安心して留学できるシステムがあることは、学生にとって、とても心強いことだと思います。娘の親しい先輩は、高校2年から1年間の留学中。帰ってきた時は1年下の、現在の高1と同じ学年に入ります。娘にも勧めてみたところ、現在学校でやりたいことがいっぱいあるから留学するわけにはいかない、とのこと。
じゃあ、いつ留学する?と聞くと、「大学は3年から就活だし、それまでにいろいろな力をつけないといけないから大学生の間は無理だなー。国内で学びたいことがあるけれど、英語力や自分を鍛えるためにも一人で海外生活もしたい、どうすればいいのかな?」積極的に留学したいと考える学生にとっても、留学のタイミングは難しいです。

『ぬるま湯体質の日本の大学で過ごすより人間的に成長できる』と言われても、学校側の進学指導も、塾の指導も、海外の大学に入るという前提にたっていません。娘の学校のほとんどの学生が日本の大学を受験し進んでいます。浪人して予備校で薦められて海外の大学へ行ったという例はありますが。
我が家では、進学を日本の大学に限らず、海外の大学を視野に入れてもいいのでは、と思うものの、高1の文理選択から始まり、大手進学塾の模試が学校で行われ、すでに国内の大学受験の体制に取り込まれているといった状況です。
企業が求めるグローバルな人材となるために、やはり充実した留学体験は必要そうですね。娘は、いつのタイミングになるのかな。

(泉さやか)


産経新聞2010年9月30日に『算数好きは幸福になる?』という記事がありました。

 『米国プリンストン大学のダニエル・カーネマン教授らによる調査で、「昨日笑ったか」などの質問で判定する感情的幸福の度合いは、年収が上がるほど上昇するものの、7万5千ドル(約637万円)前後で頭打ちになるという。「低所得では幸福は感じにくいが、それを感じるには7万5千ドルで十分」とカーネマン教授は話している。』

ということです。確か、幸福と収入が比例するのが1500万円までと聞いたことがありますが、年収637万円で十分なんですね。
あるクイズ?番組で主婦3人のライフスタイルを見せて、どの家の年収が最も高いか?ということを質問にしていましたが、子どもの習い事や家電の充実、住いなど、それぞれ重点を置いているポイントは少しずつ違うものの、どの家庭もそれぞれ十分と思われる暮らしぶりで、年収の差は感じられないと思ったのでした。

さて、ではどうすれば、637万円の年収をゲットできるのか?
それは、理系卒業者になること、のようです。

『文系卒業者の平均年収は583万円、理系卒業者は681万円』『「新聞各紙は「文系より理系が意外やお得」という論理で報道したが、カーネマン教授の調査結果と付き合わせると、理系大学に進学するのが幸福への近道ということになる」』

と算数・数学嫌いだったという文系OBの筆者、大阪編集長の安本寿久氏は書いていました。

(泉さやか)

「入」と「出」のバランスが取れていない日本の教育を見直すべきだ

プレジデント 2010年10.18号

基礎的な読み書きや計算能力の欠如を招いた教育の影響は、人格形成にも及んでいる。日本の教育が抱える本質的な問題に迫る。

流通科学大学学長 石井淳蔵=文

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若者の学力低下に歯止めがかからない。基礎的な読み書きや計算能力の欠如を招いた教育の影響は、人格形成にも及んでいる。日本の教育が抱える本質的な問題に迫る。

分数計算ができない大学生

今回から伊丹敬之教授に代わり、この連載コラムを担当します。流通やマーケティング研究を専門としていますが、理論より新しいビジネスの動きを現場で探るのに関心があります。また最近では仕事柄、ビジネスと教育の狭間で教育現場人として活動しています。というわけで、本コラムでも、流通やマーケティングの現場と、ビジネスと教育の狭間の話が中心になります。

さて、今回は後者の話で、「若者の〈学力〉の貧困」の問題を取り上げる。この問題、いろいろな調査結果も出ており、それなりの対処がなされている。だが、その解決は思うほど簡単ではないように思う。どうしてか。それを考えてみよう。

子供たちの基礎〈学力〉が落ちていると言われる中、「ゆとり教育」の見直しが行われた。ゆとり教育とは、学習内容および授業時間数の削減、完全学校週5日制の実施、総合的な学習時間の新設、絶対評価の導入を骨子とするもの。それに対して、新たに誕生した教育指針では、授業日数および算数・数学、理科、外国語の授業時数の増加が図られ、どちらかというと昔ながらの詰め込み型の色彩が濃い。

それに合わせて、文部科学省では、2007年度から「全国学力・学習状況調査」を実施した。その結果が公表され、各地域においても〈学力〉に対する関心が高まった。私が住む大阪府の橋下徹知事は、府下各校の〈学力〉テストの不振に業を煮やしたか、「100マス計算」「漢字の反復学習」といった基礎〈学力〉向上に向けた学習方法を府内各校に取り入れた。その成果は、府県別〈学力〉順位が少しずつ上昇するという形で表れている。

こうして、近時、わが国の義務教育においては、〈基礎学力の見直しと強化〉が喫緊の課題と見なされるに至っている。その流れは、義務教育にとどまらず、大学という高等教育機関や社会の職場にも及ぶ。

「最近の大学生は、漢字を書けないどころか読めない。分数計算ができない」といった話題が大学教員の方からよく出てくる。「ゆとり教育のせいだ」という人もいれば、「豊かな社会の必然的な結果だ」という人もいる。理由はよくわからない。だが、現実に学生のそうした〈学力〉不足は大学教育における切実な課題となり、それへの対処に学習指導センターなど、新たに機能を学内に設ける大学が増えている。

学力に神経を尖らせるのは企業もそうだ。とくに新入社員の採用では、〈学力〉チェックを必須の要件とするようになった。そのため、「能力検査(基礎・実務基礎・事務)」や「性格検査」等の採用テストが、SPI(総合適性検査 Synthetic Personality Inventory)を筆頭に就職試験において大流行。

それらの筆記テストの役目は、学生の基礎能力(学力)を測ること。テストの出題傾向を編集した本には、それこそ昔懐かしい鶴亀算とか流水算が並ぶ。漢字テストや四文字熟語テストもある。この筆記テストは、企業の採用プロセスの第一ステップとなる。たとえば、100人足らずの新卒者募集に、1万人を超える就活学生のエントリーがあるのが現状。それに対して、このテストでふるいにかけられて、7割ほどの学生が足切りされるといわれる。

「学力(の貧困)」がブームになる現代日本

テストによる足切りが行われるので、就活学生も守りに出る。1人で100社以上もエントリーをかける。そうしてエントリーが増えて、企業はまたこのテストを使って足切りに励む。事態は徐々にスパイラルアップする。

学生はエントリー数を増やすとともに、テストの準備をする。その結果、その種のテキストや問題集が本屋さんに山のように積まれることになる。もちろん、面倒見のいい大学は、学生任せにはしない。それ用の問題集や解答集を学内のしかるべきところに揃え、そのための講習も開く。正課の科目に組み込む大学も出てきている。

以上が、若者の「〈学力〉の貧困」問題が、義務教育から大学や企業の採用にまで及んでいる様子だが、その流れは教育界にとどまらない。皆さんのもっと身近なところまで及んでいる。テレビ番組やゲームソフトや出版の世界も、そうだ。小学校で学ぶ国語や算数の問題を出し、それに珍答する若いタレントをダシにして、視聴者の笑いを取るテレビ番組は人気がある。その笑いの中に、「小学校で学ぶようなことも知らない若者が大勢いる」と思う人が増えていく。

まさに「学力(の貧困)」が、現代のテーマとなりブームにもなっている。その中で、「現代の若者には、もっと基礎〈学力〉が必要」という厳しい視線が生まれる。だがしかし、そのブームの中で、いっそう深刻な事態が進んでいる。それはほかでもない、「人前でしゃべらない若者」や「自分から、目の前の現実に積極的にかかわろうとしない若者」が少なくない数いることだ。大学教員は、「とにかくそうした学生は多いし増えている」という。

そうした若者を生み出した理由は様々だ。教育はもちろんその責任を免れない。大量の知識を覚えさせ、そしてそれらの記憶をできるかぎり正確に再現するというやり方は、わが国の伝統的な教育手法だが、とてもではないがいい影響を与えたとは思えない。若者たちは、小さい頃から知識の詰め込みとその確認のための試験というパターンに馴染んだ。

その人の持っている潜在力を花開かせるのが〈教育〉だとすると、このやり方は教育とはいえない。〈訓練〉だ。そして、この〈訓練〉を小さい頃から受けて習熟度を上げた者が、優れた人間として評価を受ける仕組みになっている。

訓練だから、「何のために、この知識を学ぶのか」という説明はない。それを教師に尋ねても、「とにかくおぼえておけ」「いつか役に立つ」「少なくとも、進学するときには不可欠だ」と、理由にもならない理由で説明されるのがおちだ。

教育における「入」と「出」のバランスが取れていないのだ。教育における「入」とは、頭の中に知識を充填する局面。

「出」は逆に、持っている知識を使う局面。教育においては、この入と出のバランスが取れていないといけないのだが、とくに日本の教育は、小学校から大学まで、知識をどう使うかではなく、どう入れ込むかという入偏重。

そうした入偏重、〈訓練〉中心の副作用は小さくない。第一に、自ら何かを学ぶという経験がない。経験がないから、学ぼうとする意欲がそもそも生まれない。第二に、問題に対して独自の答えを探す気がない。答えはすでにどこかにあって、誰かが知っているはずという受け身の意識が強い。答え探しの、間違いや失敗を恐れる。最後に、直面する複雑な現実から、解くべき「問題」をつくり出す力が失われる。問題の背後には必ず答えがあって、それを正確に再現することを何度も何度も訓練されると、その力を失うのも仕方ない。「しゃべらない」「現実にかかわらない」若者は、そうした副作用の表れではないだろうか。

「訓練で、〈学力〉の貧困をなくす」というのは、わかりやすい施策だ。訓練によって、確かにいわれるところの〈学力〉スコアは上がるだろう。だが、落とし穴もある。

訓練は、その目論見とは異なり、「学ぶ意欲の乏しい」「自分独自の答えを探そうとしない」「失敗を恐れる」、そして「現実を切り開く力を喪失した」若者、つまり「しゃべらない」若者をつくり出してしまうリスクを呼び込む。〈学力〉スコアの上昇と引き換えに、そうしたリスクが現実のものになってはたまらない。そこに大きなジレンマがある。その点については、機会を改めたい。


私のよく知っている会社にはいわゆる一流の大学といわれるところの卒業生がたくさんいる。たしかによく訓練されている人たちだと思うし、組織の歯車としては自主性や独創性は多くの場合、必要ないのかもしれない。しかし、この記事に書かれている「しゃべらない若者」および「しゃべらない中高年」の集団になっているのは否めない事実であろうと思う。組織の中で生き抜いていく処世術は必要だけれども、「しゃべれない人間」であることがいいことであるとは思わない。まだ、これから未来のある若者には自分がどういう人間を目指すべきかを考えてみてほしいと思う。

(ニュースセレクター:守護拓真)

8月25日の朝日新聞にこんな記事がありました。

理系出身は文系出身より高収入――。京都大や同志社大などのグループが大卒の人たち約1600人を調査したところ、こんな傾向がわかった。「理系は出世も遅く給与も低い」との説もあるが、年代別でも大学の難易度別でも、いずれも理系出身の収入が上回ったという。グループは調査会社のサイトに登録している人を対象に、インターネットで回答を集めた。20~60代の1632人(平均年齢43歳)を分析したところ、文系出身988人の平均年収は583万円だったのに対し、理系出身644人は681万円だった。年代別に推計すると、すべての年代で理系のほうが高かった。出身学部をベネッセコーポレーションによる大学難易度別にA(偏差値60以上)、B(50~59)、C(50未満)に分けたところ、同じ難易度ではいずれも理系が高く、最も高いのはAの理系。Bの理系はAの文系の平均を下回ったものの、Aの文系でも受験で数学を選択しなかった人(文系中の文系)の平均よりは高かった。 京都大の西村和雄特任教授(経済学)は「技術系の就職が難しい文系より、理系のほうが選択できる職種の幅が広く、転職しても収入が下がりにくいからではないか」とみる。同志社大の浦坂純子准教授(経済学)は「文系卒のほうが収入が高いという説が理科離れの一因だとしたら、そんなことはないと言いたい」としている。


「文系卒のほうが収入が高い」という説が現在生きているんでしょうか。文系中の文系である私は、「理系のほうが年収が高い」というイメージを持っています。ざっと自分の周りを見ても実感できますし。文系であっても理系が高収入という理由は「仕事」に要求される能力の幅広さを示しているのでしょう。仕事にはトータルな能力が必要とされるので、本当は理系・文系って区別できないのではないかなー。娘も高2になると理系か文系かの選択をせざるをえないため、現在悩んでいるところです。

【AFP 7/14】 語学学校や高校で学ぶため、親元を離れてカナダに留学した10代の若者は、カナダ国内の同世代の若者にくらべて薬物に手を出したり性的な問題に陥ったりする割合が高いとの調査結果が、13日、医学誌「Canadian Journal of Public Health」に掲載された。

英語を学びたい外国人にとってカナダは人気の留学先だ。特に中国、韓国、日本などの東アジアから毎年、数千人規模の10代の若者が、カナダに留学している。

ブリティッシュコロンビア大学(University of British Columbia)と非営利団体マクレアリー・センター・ソサエティ(McCreary Centre Society)が、ブリティッシュコロンビア(British Columbia)州でグレード7~グレード12(中学1年~高校3年に相当)の3万500人を対象に行われた2003年の調査で得られたデータから、東アジアからの留学生約3000人分のデータを抽出して分析したところ、次のような結果が得られた。

- ホームステイ留学生がコカインに手を出す確率は、同世代生徒の2~6倍。

- ホームステイ留学生が性的関心を持つ確率は、他の生徒の2倍。実際に性体験に至った留学生は25%で、移民生徒の9%、カナダ人生徒の12%よりも高い。

- ホームステイ留学生の課外活動参加率は低い。また調査の前月に学校をさぼったことがあると答えたのは留学生で半数をやや超えたが、それ以外の生徒では25%だった。

また、ホームステイをしている女子生徒が性的虐待を受けている割合も、予想以上に高かったという。

カナダで語学学校や公立の中・高等学校に通う10代の留学生たちは、カナダ人家庭にホームステイする場合が多く、産業規模としてはブリティッシュコロンビア州だけでも、毎年6000万カナダドル(約52億円)に達しているという。

一方、ホームステイ先の家庭に関する法的規制は整備されていない。このためホームステイ先の親たちは未成年の養育に関する法的義務は負っていない。

研究者らは、単身カナダで学ぶ未成年留学生を保護する制度の整備や留学産業の監視をカナダ政府に求めている。



今どきは大学でも短期(語学)留学をウリにしているところもあり、英語の習熟度が比較的に高くない人でも気軽に海外での居住体験ができるようになっているようですが、留学というのは本来は渡航先の言語をある程度習得した人が、その国の言語で授業を受けて学位を獲りに行くものではないかと私は思います。

実際、社会人になってから留学してMBAを獲ってきた人の話では、授業以外に予習をしないとついていけないので、のんびりするとか遊びに行くとかする余裕は全くなかったとのことです。レジャーランドといわれて久しい日本の大学に通うような気分で語学留学するのならば、駅前留学で十分ではないかなと思います。

また、薬物やセックスについてもどのようなリスクがあるか、夜の街や酒場でうろつくのがどれだけ危険かということについても、情報を集めて認識させたうえで送り出すことが、日本の親には必要ではないかと思います。それだけ「無知で無防備で危うい」子どもが多いということですけど。

気心の知れた安全な人たちの中でならいざ知らず、ろくに素性も知らない人の前で酔いつぶれてしまうような「自分の身は自分で守る」という意識の欠如した人は被害に遭うのが当り前。高い授業料を払って、意識を改めなさいとしか言いようがありません。

(ニュースセレクター:守護拓真)

NHKの『おはよう日本』で大学の入学式に出席する親がこの5年ほどで急増、というニュースを見ました。
武道館で行われる明治大学の入学式は参加者が多いため一度では入りきれず二部制に、日大は三部制にしているということ。一昨年あたりも出席者は二人まで と制限した大学があったと思います。おじいちゃん、おばあちゃん、総勢六名で出席する家族もあるということで。

インタビューを受けた明治大学生のお父さんは、「僕の時代は親が出るなんてことはなかったけど、周りの方に聞いたら皆さん参加するというので会社の休みをとってきました」「息子を愛していますから。親バカですから」など。「節目なので家族で来れて幸せです」とお母さん。息子たちは「入学式は親が自発的に来ました。でも家族で迎えられてよかった」「頑張ってよかった。一緒に迎えられて嬉しいです」。『専門家は、「少子化のため子どもにいつまでも関わりたいという親の希望に大学側が答えている』とのコメントでした。
(「自発的に来た」っていうところが、ビミョーですね。こなくてもよかったのに、か、来てねって言うのは恥ずかしかったのか、どっちかな?。どっちでもいいって感じなんでしょうね。世代的に。)

私は4年前の尾木直樹先生の講演でのことを思い出しました。法政大学の教授であり、教育現場の調査・研究活動をしている尾木先生は、大学の入学式に参加する親が多いこと、学生との会話から、ゼミの授業参観を思いついたそう。「予想以上にたくさんの親御さんが参加されてビックリしましたよ。 自分の頃は親が大学に来るなんて考えられなかったから」。ここで先生は、「 皆さんの中で、大学の授業参観があれば行きたいという方いますか?」。あれば行きたいかも、と思った私は挙手。結構手が挙がったので やっぱり皆、見てみたいのねーなんて思っていたら、「 なんで行きたいと思うんですか?はい あなた」。ギャッ、 当てられてしまったのです(くじ運はめちゃ悪いのになんでやねん)。「えー 娘がどんな環境でどんなことを勉強しているか興味があるからです」とか答えた気がします。小中校生の親が対象で、モンスターペアレントの話が中心だったこの講演の時、娘はまだ六年生だったので、小学校の授業参観と同じ感覚で答えた気がします。でも、今なら別の理由を答えます。

「親が急増入学式」のニュースを見たとき、最近の親って過保護なのかしらね って思った。娘も「 えー大学の入学式?親、こなくていいべ」と言っていた。でも私も参加しちゃうだろうな。授業参観だって機会があれば多分ね。そして、よくよく自分の気持ちを見つめてみると、子離れしていないとか過保護とは違う気分がそこにはあったんです。私は娘を通して新しい体験をしたいんじゃないかな。娘の人生も体感して楽しもうとしてるんじゃないかな。「なんて欲張りなの?」って思いますか?それとも、「そうよね。それが子育ての醍醐味よね」って思いますか?
今は「親?参加しなくていいべ」と言っている娘だって、大学生ともなれば、「家族で参加できてよかった」と言えるくらい成長しているはず。

同じく『おはよう日本』で、大学が保護者向けにガイダンスを開いているというニュースがありました。単位の取り方など、学生向けガイダンスと同じ内容だそう。教室いっぱいに集まった親御さんは皆真剣で、単位について、パソコンについてなど、質問も活発でした。『親はいくつになっても子どもの面倒をみたい、という気持ちに手厚く答えることで、大学は生き残りを図っていきたいという狙いがあるのでは』とのコメントでニュースは終了。

そこで思い出したのは3年ほど前のこと。大学に入学したばかりの娘を持つ友人が、「うちの大学は単位のことをまったく親に知らせてくれないのよ。だから親の方から子どもに状況確認しないと。気が付いたら単位が取れてないなんてことになったら大変だから。中高と違って親も大変よー」え?どういうことなんだろう?????そんなの大学生にもなった娘、息子に任せておけばいいんじゃない?とは言えない雰囲気だったので「そうなの?」という薄い反応しかできなかった私。この時、娘は中1でしたので、自分の頃とは違うことが起きているのだなー、と思ったものでした。今回のニュースを見て、謎が解けた感じです。そういう需要が本当にあったんだ!って。
単位については子どもにすべて任せますが、大学の「ガイダンス」の空気は、なつかしいな。また味わってみたいかも。その日は学食やカフェも使えたりするのかしら?そうしたらさらに嬉しいな。こういう親の需要にも大学は手厚く応えてくれているんですね。

(泉さやか)

【msnマネー】

頭のよい子は自分の部屋で勉強しない

頭のよい子が育つ家とは"五感が満足できる空間を作る"、つまり親子のコミュニケーションを基にした『空間共有』。こう話すのは、首都圏有名私立中学に合格した200世帯以上を調査し、それに見合った住まい方を提案している「 space of five株式会社 」代表取締役の四十万靖さん。綿密な調査から割り出された、現代の子供たちに必要な学習環境とはどのようなものでしょうか。四十万さんにお話を聞きました。

◆四十万さんの話
 
私には3人の子どもがいますが、彼らが中学受験のとき、自分の部屋で勉強しないことで妻によく怒られていました。しかし意外なことに、近所で受験したお子さんのお母さんたちから『うちも子ども部屋では勉強していなかった』という声をたくさん聞いたのです。
 
今でも多くの大学生たちと空間とコミュニケーションの研究をしていますが、首都圏の有名私立中学に合格した子どもたちのいる約200世帯を対象に、間取りや家庭環境を調査したところ、 頭のよい子たちは自分の部屋ではなく、リビングや台所など家族と同じ空間で勉強している、ということが判明しました。

つまり、頭のよい子が育つ家は親子のコミュニケーションがスムーズで、それは『空間共有』をしている結果だということがわかったのです。それらを基に本を書いたこところ、子育て中の多くのお母さんに興味を持っていただきました。

子どもたちは自分が集中できる場所を知っている
 
既存の部屋でも空間共有の改造はできます。一番大きいのは意識の問題。大人は空間を言葉で既定したがるので、子ども部屋=勉強部屋と思っている母親が多いのですが、子どもはそうじゃない。自分にとって気持ちのいい場所、勉強に集中できる場所を子どもなりの理由で選んでいるのです。
 
台所などで勉強している子などは、勉強していることをアピールしたい、母親に自慢したいという気持ちで傍にいたりする。家族がいるところで勉強するとはかどる、それが空間共有という考え方です。
 
子ども部屋はあってもいいと思います。 ただイコール勉強部屋ではないということ。お子さんによっては自分の部屋を勉強部屋に工夫できる子もいますから、それはその子にとって一番いい環境なので、否定することはありません。既に住まいをお持ちの方で、頭のよい子が育つ家を作りたいならば、まず子どもをよく観察して、よくいる場所がなぜそこなのか理由を聞いてあげるといいでしょう。

昔ながらの日本の住まいが空間共有
 
頭のよい子が育つ家とは、五感を適度に刺激する家ということ。親の気配が感じられる、家族の声がする、それが逆に子どもにとって安心できる環境なのです。考えてみれば、これは昔ながらの日本の家そのもの。もともと日本の家は田の字型構造で、障子やふすまで空間を可変的に使っていたので、家族の声や気配をいつでも感じることができた。
 
ところが近代的な住まいでは、無理やり仕切って外部からの音が聞こえない空間を作ってしまっています。そういうことを見直そうというのが、私たちの提案している五感の家なのです。
 
新しい戸建のモデルハウスが横浜の青葉台と四国の新居浜に間もなく完成するのですが(4月中を予定)、今回のコンセプトは〝頭のよい子が育つ窓〟です。元来の戸建の場合、三次元空間が売りなのですが、今回は2階の床から1階にいるお父さん、お母さんを見下ろせる〝窓〟を設置しました。いつも下からお父さん、お母さんを見上げているこどもにとっては、全く逆の上からの視点で両親を見下ろせる新しい空間提案です。

「お母さん窓」からは、キッチンの真上でいつも家族のために家事をしてくれているお母さんを見ることが出来ます。「お父さん窓」からは、お父さんの食卓を真上から見下ろすことによって、将来、お父さんと同じ味付けの料理を食べる日を想像することが出来ます。

頭のよい子が育つ家や食卓などでのインタビューで判明した、母親の背中、父親の背中を異次元空間から見下ろすことについての大切さを体現した住宅です。

◆四十万靖(しじま・やすし)氏
「住まい方」の提案企業、スペース・オブ・ファイブ株式会社代表取締役。慶應義塾大学経済学部卒業後、伊藤忠商事株式会社を経て2003年12月より現職。記憶に残る空間で人をもてなすという日本の古き良き住文化の継承をテーマに活動し、人気私立中学合格者の学習環境調査を実施。今必要な子供たちの学習環境をテーマにしたセミナー等を通じて、新しい住まいのあり方の普及に努める。著書に「頭のよい子が育つ家」(日経BP社)、「頭のよい子が育つ本棚」(学習研究社)、「頭のよい子の家にはなぜホワイトボードがあるのか」(主婦と生活社)、「頭のよい子が育つ食卓」(朝日新聞出版)など。大学生の息子2人と中学生の娘の父。


この記事は親にとっては目から鱗かもしれません。静かな部屋にひとりでいれば勉強がはかどるという迷信を信じているお父さん、お母さんも多いはず。子ども部屋にエアコンをつけて、気分転換も必要とTVにゲーム機など置こうものなら勉強どころかゲームに没頭する引き籠りになりかねない。常日頃から家族との関わりの中にいることを肌で感じられてこそ勉強も含めて成長できるということだろうと思います。

◇頭のよい子が育つ家

◇頭のよい子が育つ食卓

◇頭のよい子の家にはなぜホワイトボードがあるのか

(ニュースセレクター:守護拓真)

【3月26日 AFP】「親の分の朝食を用意してほしい」「学校でツメを切ってほしい」「毎朝子どもを起こしに来てほしい」――。こうした無理難題や理不尽な苦情を保育所や学校に突きつける、いわゆる「モンスターペアレント」が日本の社会問題となっている。

理不尽な要求に教職員のストレスがかつてないほど高まる中、ついに東京都は今月、教職員6万人以上を対象に、保護者との関わり方についてのハンドブックを配布することにした。問題をエスカレートさせないためには学校側の初期対応が重要で、保護者からの苦情の正当性にかかわらず、「適切な謝罪」をすることで保護者から共感を得られるなどの「コツ」が記されている。

ハンドブックを監修したクレーム対応アドバイザーの関根眞一(Shinichi Sekine)氏は、過去の事例や対応法が頭に入っていれば、とっさの際に適切に対処できると指摘する。

■「教育が商品化」――わが子しか見ない親たち

「本当に多くて」。ある都内の小学校の教員は、保護者から寄せられた苦情を思い出しながら語った。「ある母親は朝の7時半に電話してきて、2時間くらいずっとクレームを言っている。ある時は、『うちの子はスピーチ苦手なのになんでみんなの前でさせたの』と言っていた」。自分の子どもしか眼中になく、自分の子どもだけを大事に扱ってほしいと望む親が多いと感じるという。

教育評論家の尾木直樹(Naoki Ogi)氏は「教育が商品化した」と指摘する。2000年代に入って公立学校選択制を導入する自治体が増えた。その結果、学校間で生徒を獲得するための競争が始まり、学校に対して保護者が「客」の立場になったのだという。「百貨店ではお客は神様で、買い手が売り手の絶対的優位に立つ」

尾木氏は「モンスターペアレント」に関する調査を実施し、全国の教職員や保護者から700件以上の事例を集めた。こうして明らかになった学校に対する要求には、「毎朝家まで子どもを起こしに来てほしい」「翌日の天気を調べて傘が必要かどうか知らせてほしい」「体操着は学校で洗ってほしい」「学校でツメを切ってほしい」などがあった。

また、卒業アルバムにわが子の写真が少ないから作り直せといった要求や、子どもが石で校舎の窓ガラスを割ったのは子どもの手の届く所に石を置いておいた学校側の責任だと主張する親もいたという。

■精神的ストレスで休む教員数は10年で3倍、死を選ぶケースも

政府の統計によると、精神的ストレスで学校を休む教員の数はここ10年で3倍に増加し、病欠の63%を占める。また、訴訟に備えて個人で「訴訟費用保険」に入っている教職員は2万6000人と、10年前の1300人から急増した。

あまりのストレスに耐えられず、死を選ぶケースもあるという。

2002年、ほかの子どもとの本の取り合いの末、軽いけがを負った子どもの両親から4か月にわたり苦情を受け続けた保育所の所長は、「ごめんなさい。許してもらってください。プライドの保てない4か月でした」などとつづった10ページの遺書を残して焼身自殺した。

■苦情は親からの「救難信号」か

富山市は保育所職員の研修のために「保育所クレーム対応事例集」を作成している。中には「親は忙しいので、子どもの朝食と大人の朝食を用意してほしい」といったものから、「クラス写真で背の高い子の横に並ばされた」とする背の低い子どもの母親の苦情もあった。

同市の事例集は、こうしたクレームについて、子育てに関して相談相手のいない孤独な親たちからの「救難信号」の可能性があると指摘するとともに、ストレスのはけ口を保育所に求めてくる精神的に余裕のない保護者を救う「チャンス」かもしれないとしている。


親じゃなくてもヘリコプターになっている者もいますが、常識の範囲を超えた行動をすればハラスメントや非常識な行動となります。ふた昔くらい前なら、親ならば当り前のようにやってきたことが、今の一部の親はできなくなっている。親の方が人間として育ってないということなんだろうと思います。

(ニュースセレクター:守護拓真)

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