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ニュース de トーク
【日経Woman 5/30】人気連載「平成働き女子のための処世術」が1冊の本になりました。著者の深澤真紀さんに、連載執筆の裏話と、「読者のみなさんに改めてお伝えしたいこと」をお聞きしました。"処世術・熟達度チェック"もご紹介! ぜひお試しください。

―― 連載には、「深澤さんの処世術を読んで、無理して頑張らなくてもいいんだと、とても楽になった」という読者のコメントがたくさん寄せられましたね。

深澤:特に女性は、つい頑張りすぎてしまう人が多いですからね。この本では身も蓋もないことを言ってると思うのですが(笑)、それが新鮮かもしれません。

普段は、自分の原稿のゲラ(校正紙)を読むのは好きではないんですが、今回は面白く読めました。「我ながらなかなかいいことを言っているなあ」、でも「いまだに同じ失敗をしているなあ」と。

ネタのほとんどが、自分自身の失敗ですから。私はかなりのダメ人間なので(笑)、自分の中の間抜けな部分を、自分で突っ込んでいるんです。

―― 処世術のネタは、どんなときに思いつくんですか?

深澤:ネタを思いつくのはお風呂の中が多いんですよ。忘れないように、クレヨン石鹸(子供用のお風呂グッズで、水で消せるもの)で、風呂の壁にアイデアをメモしています。石鹸なので消すときに風呂掃除もできるし、一石二鳥です。ちょっと間抜けな光景ですけどね(笑)。

―― とくに若い読者に伝えたいことはなんでしょう?

深澤:よく、「若いときは失敗したほうがいい」なんて言われますが、私は、自分の若いときの失敗で「よかった」と思えることはないです。

例えば、"捻挫"ぐらいの失敗なら、その後の人生の教訓になるかもしれませんが、多くの失敗は"複雑骨折"のようにダメージが大きいものです。

私の若い頃の失敗はほとんどが複雑骨折でしたし、いまだに骨にボルトが入っているような状態です。こんなボルトは入れる必要はないので、大きな失敗はせずにすむほうがいいですし、そのための「失敗を減らす方法」が必要だと思います。

それに成功するのは"時の運"が大きいですが、失敗には理由があります。成功の理由を読んでも役に立たないことが多いのですが、失敗の理由を読むことは、それを防ぐために役立つと思うのです。

―― 「輝かない」というテーマにも、読者の共感が大きかったです。

深澤:「人間はダイヤの原石だから磨けば光る」という言葉もよく使われますが、磨き過ぎればダイヤだってすり減ってしまいますから。

ダイヤを輝かせるカットはプロの技で、的確に磨くのはものすごく難しいですよね。普通の人は、自分自身の原石をドンドン削り続けて小さくしてしまうことが多い。磨くのも輝くのも、やりすぎはよくないです。

―― 処世術というと、「要領よく、ずる賢く、出世する方法」といったイメージで、男性の中には抵抗がある人もいるようですね。

深澤:この時代を生きていくのは大変ですから、時代にあった処世術が必要だと思います。

男性の間では"伝統芸能"的に受け継がれてきましたが、女性の間ではあまり受け継がれてきませんでした。ただ男性の処世術も、高度経済成長期やバブル期のような「右肩上がりの方法論」では、今の時代に合わなくなってきました。これからは男性にも女性にも新しい処世術が必要になってくると思います。

例えば、『釣りバカ日誌』と『社長 島耕作』は日本の男性の処世術ファンタジーの裏と表なんです。男性では、島耕作のようにばりばり働くことも、『釣りバカ日誌』のハマちゃんのように逆にのんびり働くことも物語になるんですね。

ところが働く女性のドラマやマンガでは、島耕作タイプの「会社でがんばって出世する物語」はあるのですが、ハマちゃんタイプの「会社ではがんばらずに好きなことをして生きている物語」はまだあまり描かれないですよね。

私は女性にハマちゃん的な処世術を伝えたいですし、そこそこほどほどの生き方を知ってほしいと思っています。

それでは次に、あなたの「処世術熟達度」チェックをご紹介します!

"今どきの世渡り上手度"チェック

*1 会社などでムカつくことがあっても、極力それを出さないようにしていますか

*2 何かを頼まれると、がんばって引き受けるようにしていますか

*3 腹の立つメールがきたとき、すぐに反撃を返さないと気がすまないほうですか

*4 雑誌で紹介されているような、活躍している女性を見て、あんな風に輝きたいと思いますか

*5 仕事でもプライベートでも、嫌われないようにうまく付き合おうと思いますか

*6 人から誤解を受けたら、それが解けるまで説明・説得しようとしますか

*7 受けたメールには(携帯・PCとも)、必ず返事をしますか

*8 仕事を頼んで断られると、傷つきますか

*9 場の空気を読むようにしていますか

*10 「自分探し」をしていますか(したいですか)

*11 仕事で成長したいと思いますか

*12 どんな仕事でも全力投球していますか

*13 何かをするときには、「心を込める」ことが大切だと思いますか

*14 苦言を呈してくれる人の言葉には、真剣に耳を傾けますか

*15 発言や生き方は、ぶれないで、一貫性があることが大切だと思いますか

いくつ「Yes」がありましたか。

◆結果をチェック

「Yes」の数が

・7つ以上......頑張りすぎて疲れています

・3~6つ......ときどき辛くなりませんか

・0~2つ......かなり高度な"処世術"を身に着けていますね

チェックの数だけで判断するものでもありませんが、チェックがついた項目については、本をご覧になってみてください。「そんな考え方もあるのか」と、ちょっぴり楽になっていただけるかもしれません。

◇ 輝かない がんばらない 話を聞かない 働くオンナの処世術

深澤真紀さんの人気コラム「平成働き女子のための処世術」が本になりました。
連載中、読者の方々から「悩んでいる最中だったので救われました」「読んで、なんだかほっとしました」......と多くの感謝が寄せられたものです。
心がほぐれる1冊です。
深澤真紀著/日経BP社/1300円(税別)

女の処世術.jpg


男性から見れば女性の方が考え方が柔軟でより自由度の高い生き方ができているように見えるのですが、女性向けの記事を読んでみると女性たちもなかなか大変なようです。特に雇用機会均等法以降の世代は、仕事上のストレス度や病気になる割合まで男性を追い上げていて、痛々しささえ覚えます。

本書は様々な悩みやストレスを抱えている多くのワーキングーウーマンにとって欲しかった1冊だと思います。お子さんのいるワーキングウーマンは仕事だけではなく、子育てもありますから、少しでも気持ちに余裕を持って生きられたらいいですね。

(ニュースセレクター:守護拓真)

【GIZMODO 2/27】 シカゴの「Aspiritech」はソフトウェアテスト専門のスタートアップ。アスペルガー症候群の人だけを採用している会社です。なぜかって?

アスペルガーの人はソフトウェアテスト技師として有能だからですよ。今さらニュースでもないけど! アスペルガーの人にとってハイテク分野の仕事は「安全感」があって、自分で「コントロール」できると感じるらしく、秀でた能力を発揮することは研究で裏付けられているんですよ。

Aspiritechの創業者Brenda Weitzberg女史はそこを一歩進めた、というわけですね。EREのTodd Raphael記者にこう語っています。

「ハーバード・ビジネス・スクールその他の最新調査でも、アスペルガーおよび高機能自閉症の人はその適性ゆえに、ソフトウェアテストでより優れた能力を発揮することが分かっています。集中力、優れた記憶力、高い知能、技術スキルの強さ、細部を検知する能力、集中力を長時間持続できること―どれも本当にソフトウェアテストの仕事向き。アスペルガーの人には、理想のソフトウェアテスターになる可能性があるのです」

「それって利用してるんじゃ...」と抵抗感じる人もいるかもしれないけど、Weitzbergさん自身も息子さんがアスペルガーで前の仕事をクビになった経験者なので、「アスペルガーや高機能自閉症の人は仕事を探すのもひと苦労なのでそれを解消できれば」という言葉は本心からじゃないでしょうかね。

同社ではサイト、ソフトウェア開発者、アプリデザイナー向けに営利事業を行いながら、テストの方は非営利で運営しています。事業プラン構築を支援した鈴木 慶太さんは東京で姉妹会社「KAIEN」を共同創業し日本でも同様の事業を展開されていますので、興味のある方は社長ブログやツイッターを覗いてみてね。



自閉症の人が健常者よりも「数字や風景など、特定のものに対する高い記憶能力」を持つ例があることはTVでも取り上げられることがあるので知っている人も多いと思います。もともと人間の脳は10%~30%程度しか働いていないという説もありますから、誰でも潜在能力をたくさん持っているということです。多くの人と比べて違うパターンで発達してる部分と発達していない部分を合わせ持つ場合に(多くは社会への適応性において規格外であるという意味で)「病気」=「規格外」とされますが、規格内である人よりも高度に発達しているという意味では「健常者を超える人」と言えるかもしれません。この記事で紹介されている会社のように「高い能力」を持っていることに着目して活かそうという取り組みがもっと広がればいいと思います。

(ニュースセレクター:守護拓真)

2008年、当時の福田康夫首相は2020年までに受け入れる留学生数を12万から30万人に増やす計画「グローバル30」を打ち出した。これは世界の学生、特に中国の学生にとって間違いなくいい知らせのはずだった。

しかし、政権交代が政策の連続性に大きく影響し、今やグローバル30は暗礁に乗り上げている。

▽「英語での授業」、日本での就職に不利に

グローバル30のひとつに、日本の大学で英語による授業の割合を増やすというのがある。日本語ができない留学生でも英語で学位を取得できるのが特徴だが、筆者はこのやり方に賛同できない。

これにより日本の大学の国際化のレベルが高まると見る人もいるが、それは間違いだ。留学生が英語を取得できても、日本は非英語国家で、日本語が唯一通用する言語であるため、日本語が使えなければ日本の社会には溶け込めない。

一部の日本の大学はすでに、学生の日本語能力が不足していると、授業内容が理解できないばかりか、教授との交流も難しく、学業の質が保てないことに気づいている。

さらに日本語ができなければ、海外留学生が日本で就職するのは難しい。学位を苦労して取得したが、日本語の能力不足が原因で、日本の会社から採用されず、やむなく語学学校に戻って日本語を勉強しなおす留学生もいる。

▽「草食男子」より「留学生」が人気

就職に関しては、中国を含む留学生は喜び半分、心配半分といったところだろうか。現在の就職状況は非常に厳しく、大学生の就職率は低めが、日本は早くに少子高齢化社会に入り、労働力不足が著しく、国際的な人材が求められている。そのため留学生は卒業後、日本で就職のチャンスが大いにあるといえる。

また、日本の企業は長年、日本人、外国人を問わず採用者を平等に扱ってきた。最近、日本企業は留学生を好んで採用するというニュースも伝えられている。

日本では現在、草食男子が流行している。彼らは大学卒業後、ネットショップを開いたり、お菓子作りをしたり自分の好きなように生活したいと考えている。人々が自分の理想の生活を追求するのは社会の進歩だという人もいるが、若い世代に追い求めるものがないためだという意見もある。いずれにしろ、草食男子は日本社会の脚光を浴びているが、企業側は、こうした草食男子よりも異国の地で苦労を経験した留学生のほうが仕事への闘志があると考えているようだ。

「中国網日本語版(チャイナネット)」 2011年1月26日


日本人男子の多くが「草食系」かどうかは別にして、諸外国の多くに比べて「ひ弱」であるというイメージは間違っていないように感じている。日本の社会は豊かで安定しているから、必死にならなくても死ぬことはない。「働かざる者食うべからず」といったのは遠い昔の話で、何ら生産的な活動をしない「引きこもり」と呼ばれる人々を食べさせるだけの余裕が日本の社会にはある。諸外国には道端に死体が転がっていても誰も気にしないようなところがたくさんあるのだ。

ミツバチの話であるが、生きる上でストレスがかからないような環境の中では生命力、とりわけ生殖能力が著しく低下するという記事を読んだことがある。死ぬ確率が高ければその分多く産み出さなければ種が絶滅するのだから、遺伝子的に合理的な変化なのだろうなと思う。

話はわが家のことに移るが、小学生の息子は幼稚園の頃から絵本の読み聞かせをされて育ち、本が大好きである。彼の内面的な世界や想像力は素晴らしいものがあるのだろうと思う。学校の勉強もそつなくこなし頭もそれなりにいいのだと思う。

ところが彼には抱えている問題がある。彼はサッカークラブに入っていて、持ち前の器用さもありそれなりには上達しているのだけれど、相手に当たっていくとか、くらいついていくとかがうまくできない。こわいという感覚があって体が委縮してしまうのだろうと思う。これは頭で考えてどうにかできることではない。スポーツには闘志とかガッツとかいうものが要求される。何が何でも負けないぞ!と踏ん張る心である。親としては環境を与えるという意味での側面支援はできても、そのものを教えることはできない。もどかしいところである。

子育ての方針は男親と女親では意見が違うことが少なくないが、男親としては何よりもたくましく生き抜く生命力を身につけていってほしいと望む。息子よ、ひ弱になるな。ガッツある男に育て!

(ニュースセレクター:守護拓真)

「入」と「出」のバランスが取れていない日本の教育を見直すべきだ

プレジデント 2010年10.18号

基礎的な読み書きや計算能力の欠如を招いた教育の影響は、人格形成にも及んでいる。日本の教育が抱える本質的な問題に迫る。

流通科学大学学長 石井淳蔵=文

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若者の学力低下に歯止めがかからない。基礎的な読み書きや計算能力の欠如を招いた教育の影響は、人格形成にも及んでいる。日本の教育が抱える本質的な問題に迫る。

分数計算ができない大学生

今回から伊丹敬之教授に代わり、この連載コラムを担当します。流通やマーケティング研究を専門としていますが、理論より新しいビジネスの動きを現場で探るのに関心があります。また最近では仕事柄、ビジネスと教育の狭間で教育現場人として活動しています。というわけで、本コラムでも、流通やマーケティングの現場と、ビジネスと教育の狭間の話が中心になります。

さて、今回は後者の話で、「若者の〈学力〉の貧困」の問題を取り上げる。この問題、いろいろな調査結果も出ており、それなりの対処がなされている。だが、その解決は思うほど簡単ではないように思う。どうしてか。それを考えてみよう。

子供たちの基礎〈学力〉が落ちていると言われる中、「ゆとり教育」の見直しが行われた。ゆとり教育とは、学習内容および授業時間数の削減、完全学校週5日制の実施、総合的な学習時間の新設、絶対評価の導入を骨子とするもの。それに対して、新たに誕生した教育指針では、授業日数および算数・数学、理科、外国語の授業時数の増加が図られ、どちらかというと昔ながらの詰め込み型の色彩が濃い。

それに合わせて、文部科学省では、2007年度から「全国学力・学習状況調査」を実施した。その結果が公表され、各地域においても〈学力〉に対する関心が高まった。私が住む大阪府の橋下徹知事は、府下各校の〈学力〉テストの不振に業を煮やしたか、「100マス計算」「漢字の反復学習」といった基礎〈学力〉向上に向けた学習方法を府内各校に取り入れた。その成果は、府県別〈学力〉順位が少しずつ上昇するという形で表れている。

こうして、近時、わが国の義務教育においては、〈基礎学力の見直しと強化〉が喫緊の課題と見なされるに至っている。その流れは、義務教育にとどまらず、大学という高等教育機関や社会の職場にも及ぶ。

「最近の大学生は、漢字を書けないどころか読めない。分数計算ができない」といった話題が大学教員の方からよく出てくる。「ゆとり教育のせいだ」という人もいれば、「豊かな社会の必然的な結果だ」という人もいる。理由はよくわからない。だが、現実に学生のそうした〈学力〉不足は大学教育における切実な課題となり、それへの対処に学習指導センターなど、新たに機能を学内に設ける大学が増えている。

学力に神経を尖らせるのは企業もそうだ。とくに新入社員の採用では、〈学力〉チェックを必須の要件とするようになった。そのため、「能力検査(基礎・実務基礎・事務)」や「性格検査」等の採用テストが、SPI(総合適性検査 Synthetic Personality Inventory)を筆頭に就職試験において大流行。

それらの筆記テストの役目は、学生の基礎能力(学力)を測ること。テストの出題傾向を編集した本には、それこそ昔懐かしい鶴亀算とか流水算が並ぶ。漢字テストや四文字熟語テストもある。この筆記テストは、企業の採用プロセスの第一ステップとなる。たとえば、100人足らずの新卒者募集に、1万人を超える就活学生のエントリーがあるのが現状。それに対して、このテストでふるいにかけられて、7割ほどの学生が足切りされるといわれる。

「学力(の貧困)」がブームになる現代日本

テストによる足切りが行われるので、就活学生も守りに出る。1人で100社以上もエントリーをかける。そうしてエントリーが増えて、企業はまたこのテストを使って足切りに励む。事態は徐々にスパイラルアップする。

学生はエントリー数を増やすとともに、テストの準備をする。その結果、その種のテキストや問題集が本屋さんに山のように積まれることになる。もちろん、面倒見のいい大学は、学生任せにはしない。それ用の問題集や解答集を学内のしかるべきところに揃え、そのための講習も開く。正課の科目に組み込む大学も出てきている。

以上が、若者の「〈学力〉の貧困」問題が、義務教育から大学や企業の採用にまで及んでいる様子だが、その流れは教育界にとどまらない。皆さんのもっと身近なところまで及んでいる。テレビ番組やゲームソフトや出版の世界も、そうだ。小学校で学ぶ国語や算数の問題を出し、それに珍答する若いタレントをダシにして、視聴者の笑いを取るテレビ番組は人気がある。その笑いの中に、「小学校で学ぶようなことも知らない若者が大勢いる」と思う人が増えていく。

まさに「学力(の貧困)」が、現代のテーマとなりブームにもなっている。その中で、「現代の若者には、もっと基礎〈学力〉が必要」という厳しい視線が生まれる。だがしかし、そのブームの中で、いっそう深刻な事態が進んでいる。それはほかでもない、「人前でしゃべらない若者」や「自分から、目の前の現実に積極的にかかわろうとしない若者」が少なくない数いることだ。大学教員は、「とにかくそうした学生は多いし増えている」という。

そうした若者を生み出した理由は様々だ。教育はもちろんその責任を免れない。大量の知識を覚えさせ、そしてそれらの記憶をできるかぎり正確に再現するというやり方は、わが国の伝統的な教育手法だが、とてもではないがいい影響を与えたとは思えない。若者たちは、小さい頃から知識の詰め込みとその確認のための試験というパターンに馴染んだ。

その人の持っている潜在力を花開かせるのが〈教育〉だとすると、このやり方は教育とはいえない。〈訓練〉だ。そして、この〈訓練〉を小さい頃から受けて習熟度を上げた者が、優れた人間として評価を受ける仕組みになっている。

訓練だから、「何のために、この知識を学ぶのか」という説明はない。それを教師に尋ねても、「とにかくおぼえておけ」「いつか役に立つ」「少なくとも、進学するときには不可欠だ」と、理由にもならない理由で説明されるのがおちだ。

教育における「入」と「出」のバランスが取れていないのだ。教育における「入」とは、頭の中に知識を充填する局面。

「出」は逆に、持っている知識を使う局面。教育においては、この入と出のバランスが取れていないといけないのだが、とくに日本の教育は、小学校から大学まで、知識をどう使うかではなく、どう入れ込むかという入偏重。

そうした入偏重、〈訓練〉中心の副作用は小さくない。第一に、自ら何かを学ぶという経験がない。経験がないから、学ぼうとする意欲がそもそも生まれない。第二に、問題に対して独自の答えを探す気がない。答えはすでにどこかにあって、誰かが知っているはずという受け身の意識が強い。答え探しの、間違いや失敗を恐れる。最後に、直面する複雑な現実から、解くべき「問題」をつくり出す力が失われる。問題の背後には必ず答えがあって、それを正確に再現することを何度も何度も訓練されると、その力を失うのも仕方ない。「しゃべらない」「現実にかかわらない」若者は、そうした副作用の表れではないだろうか。

「訓練で、〈学力〉の貧困をなくす」というのは、わかりやすい施策だ。訓練によって、確かにいわれるところの〈学力〉スコアは上がるだろう。だが、落とし穴もある。

訓練は、その目論見とは異なり、「学ぶ意欲の乏しい」「自分独自の答えを探そうとしない」「失敗を恐れる」、そして「現実を切り開く力を喪失した」若者、つまり「しゃべらない」若者をつくり出してしまうリスクを呼び込む。〈学力〉スコアの上昇と引き換えに、そうしたリスクが現実のものになってはたまらない。そこに大きなジレンマがある。その点については、機会を改めたい。


私のよく知っている会社にはいわゆる一流の大学といわれるところの卒業生がたくさんいる。たしかによく訓練されている人たちだと思うし、組織の歯車としては自主性や独創性は多くの場合、必要ないのかもしれない。しかし、この記事に書かれている「しゃべらない若者」および「しゃべらない中高年」の集団になっているのは否めない事実であろうと思う。組織の中で生き抜いていく処世術は必要だけれども、「しゃべれない人間」であることがいいことであるとは思わない。まだ、これから未来のある若者には自分がどういう人間を目指すべきかを考えてみてほしいと思う。

(ニュースセレクター:守護拓真)

【7月9日 AFP】オフィスや家庭から出るコンピューターやプリンター、携帯電話などの電子廃棄物が、インドの貧困地域でごみ拾いをして生計をたてる人びとの健康を脅かしている。

国連が2月に発表した報告書によると、発展途上国の電子廃棄物の増加は著しい。特にインドの廃棄コンピューターは、2020年には07年の5倍に、携帯電話は18倍に増えると予測されている。

ニューデリー(New Delh)にあるマウラナ・アザド医科大学(Maulana Azad Medical College)職業環境健康センターのT.K. ジョシ(T.K. Joshi)所長は、09年10月まで1年間にわたり、ごみの再生・解体に携わる人たち250人を調査し、かれらに及んでいる電子ゴミの危険性を明らかにした。

■有害物質の危険、認識されず

まず対象となった人たちのほとんどが喘息や気管支炎に悩まされていた。血液検査、尿検査では鉛や水銀、クロムの濃度が通常の10~20倍もあった。「どれも呼吸器系、泌尿器系、消化器系に有害な影響を与えるうえ、免疫力を損なわせ、ガンをも引き起こす」物質だ。

有毒金属や有害物質は、コンピューターなどの部品に使われている金や白金、銅、鉛といった貴金属を取り出す細かい手作業の最中に、血中に入る。

また回収した金属は、苛性ソーダや濃酸を使って処理をするが、作業する人たちは長時間、有害化学物質をさわり、そうした液に手を浸たすことになる。気化した濃酸にもさらされる。しかし、手袋やマスクをし、換気扇を使おうという注意に耳を貸す人は少ない。さらに作業しているのは子どもが多く、自分たちがさわっているものが何かさえも分かっていない場合がほとんどだ。

ジョシ氏の懸念は深い。「調査した作業者の全員が、自分たちがさらされている危険を意識していなかった。みんな読み書きができず、仕事を必死に探している人たちだ。かれらにとっての選択肢はただ2つ、飢えで死ぬか、金属中毒で死ぬかだ」

電子ごみに含まれるカドミウムや鉛といった物質がもたらす結果は、非常に長い期間、痛みに苦しみながらの死だ。「35~40歳になるころにはもう働けなくなる。眠ることも歩くこともできない」

働けなくなった人たちはたいてい故郷の村に帰ってしまうため、電子ごみの回収で中毒になって死ぬ人がインドで何人くらいいるのかに関する推計はない。

■求められるのは、労働者を守る法律

ニューデリーを拠点とする環境保護団体「トキシック・リンク(Toxic Link)」のプリティ・マヘシュ(Priti Mahesh)氏はこう語る。「皮肉にも、金や白金といった稼ぎになる部分はほんの少し、ミリグラム単位でしかない。コンピューター、テレビ、携帯電話は、鉛、水銀、カドミウムが多く使われているので最も危険だ。おまけに使用寿命が短いので、どんどん捨てられる」

インド政府は先ごろ、電子ごみ取引の規制法案を提出した。しかし、環境保護団体「科学環境センター(Centre for Science and Environment)」は法案の有効性に疑問を投げかける。同センターのクシャル・パル・シン・ヤダブ(Kushal Pal Singh Yadav)氏は、「この規制法案は、ごみの再生・解体を大企業だけにやらせようとしているが、それでは意味がないだろう。廃棄、回収、再生の安価で非正規なシステムは、業界としてすでに確立してしまっている。当然安いほうに人気が集まる」と指摘する。子どもたちを筆頭に、正式に雇われているわけではないごみ拾いの作業員は、一向に減らないだろう。

ジョシ氏は次のように警告する。「インドが必要としているのは労働者、特にか弱い子どもたちを守る法律だ。労働者の権利については、インドは欧米の国々から多くを学ばなければならない」



日本の子どもたちの大多数には、住まわせてもらえる家があり、時間になればご飯を食べさせてもらえ、自ら進んでいかない限りは生命や健康が危険にさられることもありません。しかし多くの途上国では小学生くらいの子どもでさえ、今日を生き抜くために劣悪な労働条件で働かなければならないという例がたくさんあるのが、目の前にある現実なのです。

衣食住の上に娯楽や物欲の充足を追及する豊かな日本人は、それがあたりまえのことではないことに気づいてほしいと思います。引きこもりをしている子どもたちは本人たちなりに苦しいでしょうけど、多くの場合は食事を与えられています。今日食べるものもなく、飢えている子どもたちよりもずっとましです。学校でいじめに遭っている子どもたちはつらいでしょうけど、途上国の児童労働での現場では、過酷な労働をさせられている子どもたちは抵抗するすべもなく大人から暴力を振るわれています。

いま苦境にあり、生きているのが辛いと嘆く子どもたちには、はるかに過酷な状況で今日一日を生きている子どもたちのことを思い起こして、こんなことでくじけている自分が甘かったと自覚してほしいものです。

(ニュースセレクター:守護拓真)

【日経ビジネス ON LINE 超ビジネス書レビュー Auther: 大塚常好】

◆『転落 ホームレス100人の証言』神戸幸夫著、アストラ、1429円(税抜き)

15年間、「定点観測」したのは、新宿中央公園だった。

観測対象は、ホームレスである。

バブル崩壊後、当時まだ短編映画のカメラマンをしていた著者(現フリーライター)は西新宿に通い始めた。この公園を中心に都内の300人以上のホームレスを取材するために。本書にはそのうち100人分の「現在に到る」までの来歴が載っている。

日雇いの仕事で稼ぐと、お金は酒やギャンブルに消え、なくなれば借金。家族にはそっぽを向かれ、行き着く先は路上の人。

これが、これまでの典型的な「最底辺」への落ち方だった。全体に低学歴の人が多く、最後は自らホームレスになろうとしてなったフシもある。学歴はともかく、酒やギャンブルへの依存や社会保険未加入など自業自得と言われてもしかたないところも目立つ。

ところが、今は自分の失策ではない、不可抗力でホームレスに転げ落ちる人が多いという。

きっかけは上司との軋轢
 
東大卒の高学歴者や、元一流企業社員、元経営者など「勝ち組」だった人が少なくない。しかも、酒やギャンブルと無縁の人も多い。かつては全身垢だらけの人が大多数だったが、今は、「いつでも働きに出られるように」と、ヒゲを毎日剃るなど身ぎれいにするホームレスが増えた、と著者は言う。

名だたる上場企業が、正社員の早期希望退職者を募集する「年齢条件」を、「50歳以上」から「40歳以上」に低く設定するなど、なりふり構わぬリストラ策に出ている。

いいように切り捨てられるのは非正社員だけではない。正社員も今や「末端」である。しかも、不慮のケガや病気といった災厄は誰にも予告なく降り掛かる。

すべての人にとって収入が完全に途絶える危機は、すぐそこにある。

となれば、不可抗力でホームレスに「転げ落ちてしまった人々」の失敗から学ばなくてはならないだろう。

例えば、本書に上司との軋轢がきっかけで転落した人が登場する。

丸の内に本社のある大手鉄鋼メーカーに勤務していた男性。仕事はユーザー企業の工場ラインなどのシステム設計だった。月の残業時間は150時間と多忙だったが、それなりに充実していた。

しかし、ある時、直属の上司にソリの全く合わない人物が配属され、やる気はみるみる減退。会社に自分の居場所を失い、約20年のサラリーマン生活は39歳の時に終わった。

独身で、そのまま田舎に戻り就職したが、給料は低く退職金をくいつぶす。その後はサラ金の借金地獄に陥る。金の使い道など詳細を本人は語ろうとしないが、浪費が続いたのだろう。

最後はにっちもさっちもいかなくなり、親に迷惑をかけてはいけないと東京へ舞い戻る。サラ金により乱れた生活リズムを戻すことができぬまま街を漂流したようだ。

職場の人間関係は本当に難しい。

相性が合わない人とチームになっての仕事ほど苦痛なものはないだろう。戦略の立て方や進め方、価値観が異なればやりにくいし、余計な消耗も多い。ソリの合わない上司からの評価が低くなれば、給料も減るかもしれない。

別のケースでは、部下のミスの責任をとって大手企業を退職したホームレスもいた。

いずれも不幸な出来事としか言いようがない。

しかし厳しい言い方かもしれないが、社内での基盤がいささか脆弱だったのではないか。身近なスタッフと良好な人間関係を構築したり、いざという時に頼りになる社内外の人脈を作ったりという、転ばぬ先の杖を作る努力はしていたのか。

相談し信頼できる同僚がいれば退職は回避できた可能性もある。

何しろ「嫌な上司」や「アホな部下」はどこにもいるのだ。そのたびに誰かが会社を辞めねばならないのは、ずいぶんおかしな話である。

もうひとつ、本書を通じて「社内基盤」の弱さとともに、会社組織でのポジションを失ってしまう遠因と感じられるのが、社員としての「影の薄さ」である。

著者は次のように指摘する。

〈ホームレスには何事も一歩引いて譲ってしまう人が多く、他人と争ってまで強引に仕事を得るような人は少ない〉

〈おとなしい性格で、人を押しのけてでも生きていくのが苦手な人や、人付き合いが苦手な人などが、非常に生きづらい時代である〉

つまり、〈無口で少し変わり者を許容しない〉のが現代だ、と。

以前なら、無口でおとなしくても、普通に仕事ができれば共同体の一員として認められた。しかし今では、キャラが立ってない人、押しの弱い人、他人とのコミュニケーションがとれない人は、存在価値が小さいと評価され、共同体からつま弾きにされてしまうことさえあるのだ。

理不尽極まる。彼らは影が薄かろうと、働く意欲はあるのだ。前述のように、小ザッパリした身なりで社会とのつながりを失うまいと懸命な人が多いのである。

にもかかわらず、職は与えられない。住所不定者は生活保護を申請しても通りにくい。

「女性問題」という落とし穴
 
会社以外にも、意外な落とし穴がある。「女性問題」である。

そのひとつは、離婚。酒に溺れる夫は妻から三行半をつきつけられ、「仕事を失い、妻子も養えない俺はロクデナシ」と、「女の一人も御せない」自分に完全に萎えてしまう。

ふたつめは、独身率の高さである。聞き書きした100人中、未婚者が37人いた。

著者は、未婚か既婚かが、「ホームレスに堕ちてしまう人と、一般社会に留まる人を峻別するカギ」のひとつと指摘する。なぜ未婚者が「危険」なのか?

結婚や育児には相手の人生を引き受ける覚悟とエネルギーが必要、と考える著者の目からすると、新宿中央公園などをねぐらとする人々の彼らにはその覚悟やエネルギーが希薄な人が多い、という印象を強く受けるそうだ。

〈彼らは土壇場で、それ(結婚や育児)に立ち向かったり、踏みとどまろうとしなかった人たちのような気がする。むしろ、それを回避したり、結論を先延ばしにしてきた人たち〉

人の人生を引き受けるなど真っ平ごめん。

「面倒臭い」と、けじめなくズルズルとした生活リズムがホームレスになった原因のひとつとすれば、未婚率が異様に高い現代の30代以降の男性は、もしかして「ホームレス予備軍」か。

いくら大企業に勤務していようと、結婚や離婚など、女性を巡る態度や意識において「腰が引けている」のならば、"ホームレス指数"が高いといわれてもしかたがないかもしれない。

著者は言う。

〈ホームレスになる確率を少しでも下げるなら、人生のモラトリアム期間を短くする工夫が必要だろう〉

実家がセーフティネットにならない時代
最後に、もうひとつ。本来、ホームレスにならなくてもすむ人が転落してしまう想定外の理由があった。

それは、実家問題である。

本書に登場する、リストラや三行半を宣告されて身寄りのないホームレスの多くは、異口同音に「実家には世話にはなれない」と言う。例えば、実家を継いだ兄の一家、嫁や甥、姪が住む空間に、自分のような落伍者が入っても肩身の狭い思いをするだけだ、と。

確かに迷惑者だが、「ちょっとだけ緊急避難を」と彼らは言えない。

同時に迎える実家側も、かつては居候や出戻り、食客などを含め「家族」とみなす余裕があったが、今ではそんな精神的なゆとりは失われたことに著者は気づく。

日本人の家族観や絆が変容する中で、「最悪の場合は、実家に戻る」というは機能しなくなったというのである。

仕事が忙しい。郷里が遠い。

とかく帰省する回数は減り、親・兄弟と疎遠になる人も多いが、肉親とのルートを絶えず良好なものにしていくことが、いざという時のリスクヘッジになるのではないか。

実家にも頼れない今、最後の最後は、やはり路上の人になるしかない。しかし......。

本書によれば、近頃は、ホームレスに無銭飲食された店は彼らが身に付けるアクセサリーを取って、それをお金にするらしい。警察に突き出してもお金は戻ってこないからだ。

また、その警察も無銭飲食の確信犯と知りつつ、ろくな調書もとらず解放することもあるらしい。すべてを刑務所に入れたらたちまち満員になるからである。

食事とねぐらの確保はかくも難しい時代となった。本書には「じっと死を待つ」というホームレスも多かった。

育った家庭や、勤めた職場、再就職の壁など「生きるための条件」がほんの少し悪いだけで人はつまずく。

〈不況などで職を失い、不本意ながらいまの境涯に堕ちた人が大半である。その彼らを救うことのできない社会システムの不備を訴えておきたい〉という著者の言葉は誰にとっても他人事ではない。

(文/大塚常好、企画・編集/連結社)


環境の変化によってひと昔前までなら生存権を確保できた人たちが、今はそれを失いつつある。なんともやりきれない世の中だと思います、幸いにも今のところ生存権を手放さずに済んでいる人々とこれからきびしい現実と向き合っていかなければならない若い世代は、自分の生き方そのものを自問自答しなければならないでしょう。

自分の力で生きていくということはどういうことなのか、結婚して家族を持つということはどれだけ大切でどれだけ覚悟がいることか。自分のやりたいようにやって気楽に生きていくという選択など現実にはないということに気づいて、煮え湯を飲んでも、七転八倒しても、歯を食いしばって耐えていくという気概がなければ、きびしい社会の中で生き残ることはおぼつかないと思います。

(ニュースセレクター:守護拓真)

海老原嗣生×稲泉連 対談(プレジデント 2010年5.3号)

今春卒の大学生の内定率は、過去最悪の80.0%。就職氷河期が常態化したともいえる現在、理想の「働き方」とは――。雇用問題のスペシャリストと気鋭のノンフィクション作家が語った。

リクルートエージェント エージェントフェロー●海老原嗣生

1964年生まれ。メーカーを経て、リクルート人材センター(現リクルートエージェント)入社。2008年、HRコンサルティング会社ニッチモ設立。漫画『エンゼルバンク』主人公のモデルでもある。著書に『雇用の常識「本当に見えるウソ」』など。

ノンフィクション作家●稲泉連

1979年、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。2005年に上梓した『ぼくもいくさに征くのだけれど』で、第36回大宅壮一ノンフィクション賞を史上最年少で受賞。他の著書に『僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由』などがある。

――バブル崩壊以降の就職氷河期に悩む世代を、朝日新聞は「ロストジェネレーション」(以降、ロスジェネ)と名付けました。この世代についてのご見解をお聞かせください。

海老原 僕が20代半ばのころ、バブル崩壊後の時代の話です。取材で訪れた小さな商社の人事部長が話してくれました。「実は俺、早稲田の政経卒なんだよ。オイルショック直後に社会人となって、まともな就職口なんてなかったんだ。そのころテレビでは、中村雅俊扮する『カースケ』が何でも屋を開く、『俺たちの旅』が流行ってた。元祖フリーター世代だね。俺の直後の1980年代前半の長期不況期もそうだし、85年の円高不況のときもけっこういた。そう、今にまた、俺みたいな学生があふれるよ、巷には」と。

その予言通り、92~95年、99~2000年、02~03年社会人組は、みな、苦しい就活を強いられた。つまり、就職氷河期は景気変動により繰り返し起きているという事実があります。

一方、若者はいつの時代も特有の悩みに直面する。「仕事の意義がわからない」「損をしている」と。若者特有の悩みと景気循環の谷が重なり、そこにマスコミの過剰反応が加わり、「ロスジェネだけが損をする」という誤解が生じてしまったのではないか、というのが僕の見方です。

稲泉 実態がどうであったかにかかわらず、終身雇用・年功序列のもと一つの会社に勤め続けるというイメージを持って社会に出てみたら、社会や企業は「自分のキャリアは自分でつくる」「個人として自立して生きるべし」というメッセージを強調するようになっていた。それが今、ロスジェネと言われる人たちの見てきた心象風景という感じがしています。

海老原 我慢して会社ブランドにしがみついていれば20年後に対価が得られていたのに、それが崩れたので若者が迷っているという話ですね。

稲泉 ええ。ただ僕が言いたいのは実際に対価があったかどうかよりも、対価があるとみんなが思っていたのに、実際に社会に出てみたら全く異なることが言われ始めていた、ということです。いわば終身雇用・年功序列という日本型雇用の「神話」が、成果主義などの別の「神話」に移行していく中で、自分がどう働いていくかについての葛藤が生まれたのが、10年くらい前の就職氷河期ではないかと思うんですね。

海老原 稲泉さんは、自分の意図に沿った情報のパッチワークではなく、平明な視線でその他多くの事象を捉えている。新作『仕事漂流』では、4年をかけて取材されています。

稲泉 この本の主人公は、就職氷河期に就職し、転職した8人の若者です。僕は人が会社を辞めるときは新たに何かを始めるときであり、以前やっていたことを相対化するときでもあると思います。『仕事漂流』では、そういう個人の体験をひたすら描きたかったんです。

――就職氷河期に陥った90年代、企業では何が起こったのでしょうか。

海老原 かつて日本の大企業では大規模なリストラは行われませんでした。人員調整ではなく、下請け・孫請けへの発注調整で行っていた。90年代の前半でもまだ、大企業は新卒採用を控えることで、リストラせずに社員数を自然減させていました。ところが、後半になると、それらで対応しきれなくなり、本格的な退職勧奨が始まりました。トヨタがリストラをしないと宣言したら格付けが下がった時代ですね。

当時は、日銀短観の過剰雇用DIが最も高くなった時期であり、「働かない管理職」が話題になっていた。再就職事業の立ち上げに関わったので、真近にそういう人たちを見てきました。上司を見てあんな課長になりたくないと不安を感じるのは、そのころのほうが強かったと思います。

それから日本企業も苦労して、社内風土を変えてきたのです。課長になっても働いていなければ、給与は下がる仕組み=成果主義を入れ、身の周りの世話役としての"庶務"を廃止し、管理職になってもきちんと働くことを求められた。今、再就職支援事業を見ると、退職勧奨を受けた管理職が、労働市場でもそれなりに受け入れられるようになりました。

かつての「働かない管理職」時代より、若者の将来不安は軽減されているとも言えるんです。

採用の段階で「自律的な人材」を見極めるのはムリ

――稲泉さんは、この世代の抱える悩みに時代的な影響があると感じていますか。

稲泉 もちろん若者が若者であるがゆえの悩みがあれば、時代ならではの葛藤もあるでしょう。一概には言えないし、どの部分を切り取るかだと思います。ただ一つ思うのは、日本の雇用は大卒時の就職活動に失敗すると後が苦しいという制度になっています。だから学生は就職活動を通じ、自分のやりたいことや企業に対して提供できることを一生懸命探さないといけません。ところが企業に入ると、そこに広がっている世界は想像していたものとは違う。

これからは自律的な人材が求められるというメッセージが多く発せられている社会に出ていく世代の人たちが、そのメッセージに自分を合わせようともがくのは自然なことに思えます。僕が『仕事漂流』の中で取材した人たちも、転職して別の会社へ行ったときにより広い世界が見えてきて「何のために働くのか?」という根源的な問いに対する答えのヒントをつかんでいった。それは少数の人たちの例かもしれないけれど、これから社会に出ていく若い人たちの働くイメージが、そこに少しずつ代表されていくこともありうるのではないか。僕はそう思っています。

海老原 採用の現実からすると、それも怪しい。まず、企業側が「自律的で変革を起こす人材」などうまく選別できるか? 無理なんです。学生たちも、「自律的に変革を起こすような」思考回路がたった数カ月で形成できるか? それも否。もし、これができたなら、大企業・人気企業なんかに応募しないですから。

要は、「そんなカッコを演じている同士」の化かし合い。さんざん「夢」を見させて実際は違った、ということ。入り口がネットとなったので、それがますます助長されている。これが、入社後ショックを生む。ただ、社会人経験が長引くと、その夢もさめ、現実が見えだす。

稲泉 なるほど。確かに多くの人が30歳くらいになると、結構同じような地点にたどり着いているのかな、という感じはしますね。

海老原 転職という形で他社と比較できると、夢も早く覚める。一方、長く勤めていると、夢ではなく現実のいい部分が見えてもきます。

例えば『仕事漂流』に銀行から転職する方の話が出てきますね。確かに描かれている通りの面白みのない仕事が長年続くんです。ただ、それをずっと続けていると、35歳のころには「コンプライアンスに強く経理もわかり、街中の経営者とも対等に話せる」という人材ができあがる。こういう人が僕たち転職エージェントのところに来ると、このご時世でも中堅企業の財務責任者として転職できたりする。決して無駄な時間ではないのですね。それがわからない。

稲泉 そうした例がある一方、終身雇用・年功序列に身を委ねる時代はもう終わったというメッセージが世の中には氾濫しています。そのメッセージそのものに対して僕自身は違和感を抱かないのですが、個人主義的に生きよという雰囲気が、これから社会に出ていく若者の心の負担を大きくしている面もあるかもしれませんね。だからこそ海老原さんはマスコミがつくった新しい「神話」を崩そうとしているのではないかと、一連の著作を読んで感じました。

海老原 そうなんです! そもそも日本型雇用も社会学用語でいう「構築」から始まっているんですよ。終身雇用という言葉の生みの親である経営学者のアベグレンが調査したのは、大工場の経営でした。確かにその範囲では終身雇用が存在したのですが、当時、全体としては日本型雇用なんてものはまだなかった。しかし右肩上がりの経済の中で、終身雇用制はみんなが夢を持てる"使える"言葉だった。言葉が一人歩きした結果として終身雇用制が定着していったんです。それはとてもよい「構築」だったと僕は思います。

今、就職氷河期世代やロスジェネに関して、「会社は信じられない」「若者なんて使い捨て」というメッセージがたくさん発信されています。それが広まって本当に「構築」されてしまうことを僕は恐れています。

「中堅企業でよかった」という「逆構築」をしたい!

――就職氷河期世代も30代となり、企業の中核を担う立場になります。彼らは活躍できる人材となっていくのでしょうか。

海老原 氷河期世代には、中堅企業ですごくいい人材が出ています。彼らは今、管理職にリーチがかかっています。大手のスローライフではありえないスピードですね。

不況といっても、実は全体の就職数は1割くらいしか変わっていません。では、なぜ騒がれるかというと、大手ブランド企業の採用が半減するからです。その分が中堅企業に流れます。だから中堅企業にとっては、いい人材の確保時期にあたります。

逆に言うと、不況期にも採用を続けられる中堅企業は、相当実力がある。そういう企業が好人材を得れば、その先、伸びる確率も高い。

稲泉 取材した人たちでも、30歳くらいになると責任のある立場を得ていることが多いです。それこそ就職活動に2回失敗して、一時はフリーターとして働いていた女性も、今は企業の中でちゃんと評価されている。20代でベンチャー企業の部長になった人もいました。

海老原 不況期就職をマイナスイメージで捉えず、「大手のブランド企業にいけなくてよかった!」という「逆構築」を僕はしたい。

稲泉 転職の過程で就職課の職員や転職コンサルタントに「やりたいことではなく働き方で企業を見てみたら」とアドバイスを受けたという人がけっこういました。就職に対するイメージを別の角度から捉える視点。その持ち方をアドバイスしてくれるこうした人や機能が、もっとたくさんあるとよいのかもしれません。

海老原 新卒の就職を「好きな仕事や業界で選べ」という識者が多いですが、あれは間違い。本当は「好きな社風」で選ぶべきなんです。

――よく「就社ではなく、就職だ!」と言いますが。

海老原 仕事が辛くても、気の合う仲間がいて、会社のスタイルも自分と合っていれば、心地よいから辞めはしません。規模とかブランドではなく、そんないい組み合わせが、本当は必要なんです。

稲泉 僕と同世代の人と話をしていると、もっと上司と酒を飲みながら熱く仕事の話をしたい、夢を語り合いたいと話す人がかなりいました。

海老原 そういう人はそういう会社を、個人主義なら、ドライな会社を選ぶべき。ネット就活だと、「はがき応募時代」より大量応募のため、選考が機械的になる。その結果、こうした人肌合わせが弱くなる。そこにも、疲弊する若者の原因があると思っています。


この対談はこれから就活の本番を迎える大学生にはとても参考になると思います。自分が大学生の立場なら海老原氏、稲泉氏の著書を読んでいます。

◇仕事漂流 ― 就職氷河期世代の「働き方」 稲泉 連 (著)

◇面接の10分前、1日前、1週間前にやるべきこと - 会場に行く電車の中でも「挽回」できる!  海老原 嗣生 (著)

就活がうまくいかない学生のひとつのパターンは「夢と熱意はあるけど、現実がわかっていない」というもの。就職してから会社組織に適応できないのもこのパターンで「夢を現実的な目標に変えて、実現する能力と努力が足りない。」

この記事は自力で競争に勝ち抜き、目標を実現していけるような優秀な人材には必要ないだろうけれど、これからどのように努力するかで成功を手にすることができるかどうかが分かれる多くの人たちには参考になる情報だと思います。

(ニュースセレクター:守護拓真)

朝日新聞社のasahi.com より。

みんな大好き!スヌーピーの魅力を再発見
2010年3月31日
悩んだとき、元気になりたいとき、癒しが欲しいとき、寂しいとき。スヌーピーとその仲間たちはいつでも元気と笑顔をくれます。漫画「ピーナッツ」の連載開始から60年経った今もなお愛される、スヌーピーの魅力を再発見してみませんか。

スヌーピーたちの人生案内 著者:チャールズ・M・シュルツ
人生や生き方に悩む多くの人に贈る、ユーモアあふれる珠玉の人生案内。 スヌーピーたちのファンはもちろん、勇気や癒しをもらいたい人たち、老若男女を問わず楽しめる。
出版社:主婦の友社  価格:¥ 1,365

スヌーピーの大好きって手をつないで歩くこと
著者:チャールズ M シュルツ
30年以上も絶版になっていた『しあわせはあったかい子犬』シリーズの復刻版。幸せは、毎日の生活のちょっとした瞬間の中にあると気づかせてくれる1冊。
出版社:主婦の友社  価格:¥ 1,400

スヌーピーたちのいい人間関係学 (講談社+α文庫)
著者:エイブラハム.J・ツワルスキー
どうしたら人とうまくつきあえるようになるのか...。スヌーピーと仲間たちのやりとりから、人間関係をよりよいものにする手がかりがきっとみつかるはず。
出版社:講談社  価格:¥ 924

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昭和30年、40年代生まれが、初めて深く関わった、オシャレキャラクターはスヌーピ-ではないかしら。多くの女子学生が、ピーナッツファミリーの長方形の手提げ袋を通学カバンのサブバッグとして、小さい正方形の手提げ袋を、お弁当入れとして愛用していたものです。スヌーピー、チャーリーブラウン、ルーシー、ライナス、ウッドストックなど、それぞれが描かれた手提げ袋は赤、白、青、緑などの原色で、全体が暗い学生スタイルの中で、ぱっと鮮やかで、自分らしさを出せる唯一のアイテムでした。英語の勉強になるからと、親に英語のコミックを買い与えられた子も(私も!)いましたが、ストーリーや台詞はよくわからず、見た目の可愛さと外国っぽいオシャレさが魅力で、当時は新宿のアドホックビル内のギフトゲート(サンリオショップ)や伊勢丹で、ピーナッツグッズを購入したものでした。
ハローキティーなどサンリオキャラクター、ディズニーキャラクター、ケアベア、ミッフイーちゃん、スポンジボブなど、時代と共にさまざまな人気キャラクターが登場しましたが、「ピーナッツ」が時代を超えて愛されるのは、他のキャラクターと違って、それぞれが人格を持っていて、さらに生きるための知恵を持つという、唯一のキャラクターだったからなのだと思います。

どうしたら人とうまくつきあえるようになるのか、人間関係をよりよいものにできるのか、それはいつの時代も大きなテーマです。,
シュルツさんは、スヌーピーと仲間たちのやりとりから、一貫したテーマであるという、「子育てのダメ、できない、困ったという心の悩み、葛藤をどう乗り越えるか」、また、円滑な人間関係を築くための台詞を教えてくれます。力みの無い自然体の会話は、なんだかしみじみと心に残ります。成功をつかむ系やスピリチュアル系の本が売れ、皆が未来やアイデンティティーを模索するこの時代。ちょっと疲れてきて、アグレッシブな気持ちが減っている時に、ちょうどよいテイストです。
人間関係に悩み始める思春期の子どもにも、さりげなくオススメしたい。

著者のチャールズ・M・シュルツさんは、貧しいドイツ系の移民で理髪師だった父カールと、ノルウェー系の移民だった母ディナの一人息子としてミネソタ州ミネアポリスに生まれ、セントポールで育った。高校卒業後、雑誌へ漫画を投稿し続けるがうまくいかず、母を亡くし入隊。その後第二次世界大戦でヨーロッパへ出兵したそう。このときの孤独な体験が作品に影響を与えたそうです。

スヌーピーの原型となったのは、人間の言葉を理解していると思われた、シュルツさんの飼い犬。チャーリーブラウンというのはアートスクールの同僚の名前。自身の初恋の相手をチャーリーブラウンの恋のお相手にしています。

1950年10月2日から地元の新聞で『ピーナッツ』というタイトルで連載が始まり、「子どものダメ、できない、困ったという心の悩み、葛藤をどう乗り越えるか」を一貫したテーマとしていたので、登場人物は頻繁に「Good grief」(やれやれ、困った、お手上げだよ)という台詞を言っているんだそうです。「Good grief」な難問をどうやって乗り越えるのか、60年経っても色あせない魅力のある人生読本として、ぜひ読んで見てくださいね。

たとえばこんな台詞があります。
ルーシー
「SOMETIMES I WONDER HOW YOU CAN STAND BEING JUST A DOG..」(時々あなたはどうして犬なんかでいられるのかと思うわ...)

スヌーピー
『YOU PLAY WITH THE CARDS YOU'RE DEALT..WHATEVER THAT MEANS』 (配られたカードで勝負するっきゃないのさ。それがどういう意味であれ)
 
チャーリー・ブラウン「君を幸せにするために一生を捧げられると本当に思ったんだけど・・・うまくいかなくてごめんよ」
スヌーピー「ヘイ、どうってことないよ。僕はとっくに幸せだったもの」

ライナス「悲しみを癒してくれる薬ってどんなものかなぁ」
チャーリー・ブラウン「一粒のチョコレートと背中を友達がポンと叩いてくれることだよ」

世界各国の言葉で訳されていますが日本版の訳は、谷川俊太郎さんなので、言葉の魅力もたっぷりです。

スヌーピーたちの人生案内
こちらもご参考に。

【WEB本の通信社 4/4】リクルートで「リクナビ」「ケイコとマナブ」「就職ジャーナル」を歴任し、現在は人材育成コンサルタントとして活躍する前川孝雄氏。とある就職セミナーに講師として招かれた時に、貴重な経験をしたといいます。   前川氏が社会に出て働く意味などを大学生に話していたのですが、最後の質疑応答でひとりの学生が噛みついてきたのです。

「お話を聞いていると、自分のやりたいことがあっても、それをねじ曲げて会社に合わせろと言っているように聞こえます。僕はやりたいことがあります。どうしてそれをねじ曲げてまで会社に合わせないといけないのですか?  それが就職というものなんですか?」

実に大学生らしく、毎日のように同じ意見を聞いている前川氏は微笑ましく感じていたのですが、隣に座っていたある企業の40代管理職の方は違ったようです。
 
突如、烈火のごとく怒って「お前は何様だ!  そんなにやりたいことがあるんだったら、就職なんてしなくていい。ひとりで会社でも作りなさい!」と、その学生を怒鳴りつけたのです。会場はシーン。叱られた学生は見るからにショボンとしてしまい、会場には何ともいえない空気が漂いました。

しかし、話しはこれで終わりません。セミナーが終わって控室に戻る途中、さきほど怒鳴った管理職の方が、前川氏に「さっきの彼いいね」と言ったのです。

学生や20代の会社員のみなさんは、この言葉の意味がわかりますか? 

答えはシンプルです。管理職の方は続けてこういったそうです。「あいつみたいな奴が部下なら、徹底的に鍛えたいな」。実は噛みついてきた彼の尖っている部分を評価していたのです。骨があると思ったのでしょう。ですが、ストレートに褒めるのではなく、一度叱ってみせたのです。

難しいですよね、大人が何を考えているかって。大人や先輩の社会人はとにかく「自分探し」「自己実現」をあまりよくは思っていないのです。むしろ毛嫌いしている程。
 
それは、本当にやりたいことができるのが、社会人として20年くらい経って、人と組織をちゃんと動かせるようになってからだということを、自身の経験から知っているからなのです。学生に人気のある大企業なら、なおさらそうでしょう。

本当のことをいうと、社会人の経験の長さは、その人の実力がそのまま反映されるし、「丁稚奉公」には若者が思っている以上に大きな意味があります。これは昭和だろうと平成だろうとあまり関係のないこと。

ですが、最近の若い人は、自分のやりたいことを今すぐにやらないと意味がない、成長できないと信じ込んでしまっているようです。良くいえば真面目なんですが、悪くいえば視野が狭い。

物心ついてから10年くらいの間に決めたこと、もっと言えば、就職活動中の半年から1年の間に自己分析した結果で、自分の人生を決めてしまっていいのでしょうか。皆さんも正直なところ、自分のやりたいことが本物なのか、と常に逡巡しているのではないでしょうか。
 
少し社会人を経験し、もっと軽くこまじめに会社(社会)の仕組みを理解したうえで、そのなかをうまく泳いでいこうと考えてはどうでしょう。そのためにはまず、「会社組織のなかで会社員として働くこと」を正しく理解することが必要なのです。

『勉強会に1万円払うなら、上司と3回飲みなさい 』(前川孝雄著)


この記事は就活をする学生にとっては手きびしいようで実はとてもやさしい内容なのです。現実には文中に出てくるように「彼いいね」なんて言ってくれる人はごくまれで、会社組織に適応できない「レベルの低い人材」として評価され、スポイルされるケースの方がずっと多いでしょう。今は「青い鳥を探して職を転々とするタイプ」の若者は、もともと起業してやっていけるほどの能力とバイタリティーがある場合は除いて、最終的には不安定な日雇いのアルバイトくらいしか行きつく先はないのではないでしょうか。「自分にはやりたいことがある」というのなら、それをやれるだけの能力があるのかどうか。実力の伴わない自己主張には意味も価値もありません。それが社会の現実というものです。社会人になってから生き残っていくためには、そこから理解することが必要だと思います。

【プレジデントロイター 3/15】 大前研一の日本のカラクリ

◇日本を覆い尽くす「引き籠もり」現象

世界中をまわっていて今、日本ぐらい元気がない国はない。特に異常だと思うのは、グローバリゼーションの進展に背を向けるような日本人の内向き、引き籠もり現象である。

端的に表れているのは就職戦線で、公務員人気が復活して専門予備校の受講生が急増しているという。また女子の場合は四大を卒業してもまともに就職できないということで、途中で看護学校などに乗り換える人が増えている。例年なら定員割れするような看護学校の倍率が今年は4倍、有名校では6倍にもなっているというから驚く。今や全入時代の大学よりも看護学校に入るほうが大変なのだ。

目指すのは公務員や看護師という超安定志向。今の若い世代から世界に雄飛しようという気構えや気概はまったく感じられない。留学生の数は減る一方だし、大手のグローバル企業に就職しても海外に赴任してもいいという社員は1割にも満たないだろう。

社内での上昇志向もない。「エコノミックアニマル」と言われた我々のような獰猛世代は、会社に入ったら社長を目指すのが当たり前だった。しかし、今の新入社員の目線の高さはせいぜい課長クラスまで。トップに手が届く取締役になっても、アンケート調査をすると社長になりたいと思っている人はほとんどいない。取締役で、もう十分。むしろ、これ以上責任の重い仕事はやりたくないと考えるのだ。

志や目線が低いから難しい仕事を嫌がる。先般、軽井沢で駐車場を経営している友人が、地元のハローワークに駐車場管理人の求人を出した。月給18万円。寒い中でも車が来るのを待つだけの退屈な仕事である。1日1台の車も来ないことだってある。にもかかわらず、1名の募集に若者を含めて400人の応募があったという。

友人は試しに何人かに面接してみた。ところが「将来、やりたいと思っていることは?」「特技は?」などと質問しても、「別に......」とテンションの低い答えが返ってくるばかり。全員がそんな調子だから気分が滅入って、彼は途中で面接係を投げ出したそうだ。要するに、入り口にセンサーでも付けておけば機械でもできるような超やさしい仕事には群がるのだ。

1971年に日本マクドナルドを立ち上げ、2002年まで社長を務めた藤田田さん(故人)によれば、同社のアルバイト経験者は当時で延べ450万人に達したという。今の若い世代は高校時代からバーガーショップやコンビニでアルバイトをしているから、マニュアルでこなすような業務が仕事だと思っている。だから会社に入って創意工夫を求められる仕事に直面すると戸惑うし、上昇志向もないので面倒な仕事を振られると会社を辞めてしまう。

仕事を通じてスキルを身に付け、少しずつ出世の階段を上っていく、という考え方はもはや大半が持ち合わせていない。だから同じパターンで転職を繰り返すのだ。チャレンジ精神もなければ上昇志向もなく、簡単な仕事だけを追い求める。贅沢を言わなければそれで食っていける。いや、夢など持たなければ、それで満足さえするのだ。

若い世代がそうなったのは、やはり親の育て方に大きな問題があると思う。娘がいる母親が将来、子供になってもらいたい職業の第1位は何か。看護師である。理由は安定性と先々、自分の面倒を見てもらえるから。そして、息子になってもらいたい職業は公務員なのだ。こういう親に育てられたら、おおむねリスクを取るような生き方はしなくなるだろう。

戦後半世紀以上が経過して、リスクを取るという発想が日本人の染色体から消えてしまったように思える。

『坂の上の雲』ではないが、戦前の日本人は清国やロシアと戦った。第二次大戦ではアジア大陸の奥地まで進軍し、南はインドネシアの島々まで占領した。

私の父はノモンハン(旧満州)の生き残りで冬はマイナス40度になると聞いていたが、実際にハルビンで氷祭りを見に行ったときには確かにマイナス30度だった。その昔、インドネシアのスラバヤというジャワ島の寂れた町に行ったときには、ここも日本軍が占領していたと聞いて寒気がした。プロペラ機にモールス信号の時代である。助けを呼んでも援軍が来るまで3週間以上かかる。ほとんど孤立無援。攻められれば絶対に守りきれない。

私は日本軍の足跡を辿るのが案外好きでいろいろ訪ねるのだが、そのたび、我々の先代はよくぞこんなところまで進行したものだと思う。帝国主義は反省するにしても、その蛮勇には感心させられる。今の日本人の染色体のどこを探しても、そんな勇気も度胸も見当たらない。民族的な連続性がまるで感じられないのだ。

◇生命力あふれた二男坊以下の存在

なぜ日本はこうも情けない引き籠もり国家になり果ててしまったのか。考察を重ねると、一つの社会構造の変化にたどりつく。「少子化」である。

終戦直後の昭和20年代、日本の農民人口は全体の50%以上を占めていた。江戸から明治に引き継いだ時代には8割以上が農家で、多くの世帯は子供が5人も6人もいるような大家族だった。しかも家父長制の時代だから、家は長男が継ぐ。すると二男から下は、どこぞで自分で食い扶持を探さなければならない。

戦前に満州や朝鮮半島に勇躍渡った人たちを見ると、二男から下ばかりで、長男はほとんどいない。ハワイやブラジルに渡った移民の人たちもそうだ。

戦後は戦後で、二男以下が職を求めて東京に出てきた。彼らが創業当時の松下(現パナソニック)やソニーやホンダに入って、後に海外に雄飛する戦略の中核を担ったのである。

今時のビジネスマンは海外赴任を打診されると、断る理由を3つも4つも挙げてくる。一番多いのは「長男だから母親の面倒を見なければならない」。二番目が「家内が仕事をしているから」だ。我々の時代なら張り倒されている。

それでも強引に行かせようとすると、「家族崩壊は会社の責任ですからね」「2年で呼び戻してくださいね」など、捨て台詞を残してしぶしぶ(単身)赴任する。しかし気持ちは日本に向いたままだから、現地の言葉を勉強したり、地元のコミュニティに溶け込む努力もしない。中国辺りだと近いから週末ごとに日本に帰ってくる。

昔の日本人ビジネスマンが現地に骨を埋めるような覚悟で海外に飛び出していったのは、やんちゃな二男、三男が多かったから。食うために自分で道を切り開くのは当然と考えていたし、後顧の憂いもあまりなかったからだ。

今は一人っ子の長男が多いから、親を置いてはいけないという気持ちはわかるし、そういう理屈も通りやすい。親としても長男に離れていってほしくないと考える。だから誰も海外に飛び出そうとしない。

内向き、下向き、後ろ向きという日本の引き籠もりの現状を足し合わせて考えると、今の国力低下の元凶は、高齢化よりも少子化によるエネルギー喪失のほうが大きいのではないかと思う。

これで食い詰めている状況なら、自分で生きるために動き出すしかないのだが、親は金を持っているし、500円のコンビニ弁当でそれなりに腹が満たせる環境だから、危機感は薄い。かくして30過ぎても親掛かりのパウチっ子が大量増殖したのだ。

中国は国策として「一人っ子政策」を進めてきた。一人っ子政策の先頭を走っているのが今の30代。今後は少子化問題が懸念されるといわれるが、「上に政策あれば下に対策あり」という国だから、現実は農家の戸籍を借りたりしながら2人3人と子供をつくっていたのが実情だ。

しかし、日本の場合は、何もしないのに一人っ子ばかりになってしまった。今や日本の最大の世帯は、「単身者」「シングル」である。かつては20代後半までには結婚して子供を生み、4人家族というのが平均的な家庭だった。だからNHKの料理教室のレシピは4人分だったのだ。今は多すぎるということで2年前から3人分のレシピを紹介している(それでも多すぎる!)。

今は晩婚だから20代から30代にかけてはまだ独身、30代から40代にかけては離婚して1人に、50代、60代以降は定年離婚や熟年離婚、死に別れて1人と、あらゆるセグメントで単身者が一番多い。スーパーやファミリーレストランが苦戦する理由は簡単。ファミリーがいないのである。逆にコンビニやユニクロが流行る理由もこれで説明できる。

少子化という社会現象が日本経済、企業社会に与える影響は思っている以上に大きい。消費を喚起できないのも、企業の活力が落ち込んでいるのも、不景気の一言では片付けられない。少子化をとらえたマーケティングや人事政策を行えば、もっと深掘りできるはずだ。そして政治。少子化によるエネルギー喪失を埋め合わせる方策を、真剣かつ早急に考えて打ち出さなければ、人口構造的にリスクテイカーのいないこの国は(そして企業も、家庭も)どんどん萎んでいくだろう。


この記事は男性と女性ではかなり受け止め方が違うのではないかと思います。(正確には性別ではなく、仕事に重きを置く人と家庭・家族に重きを置く人との違いですが・・・)

女性たちの中には「大前氏のコメントでやり玉にあげられているような生き方だっていいじゃない。」とか「仕事より家庭の方が大事」という人が多いのではないでしょうか。

男性は年代によって価値観や会社への帰属意識が大きく違うので、共感も反感もあることでしょう。

いろんな立場から異論、反論が出そうですが、どう思われますか?

(ニュースセレクター:守護拓真)

ニュースセレクター
守護拓真 守護拓真
数多くの新聞やニュースサイトから、子育て・教育、環境問題、医療・健康、生き方・人道、社会的不平等などの記事を紹介。
泉さやか 泉さやか
美容と健康をテーマに、ダイエット、化粧、サプリなど思春期・青年期の女子(今ドキは男子も)の興味ある記事を紹介。
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